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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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旅立ちの朝

 傍若無人を絵に描いたような男を自称するガイアスは、他人に接待されることはあれど、自らが接待したことなど一度もない。

 とはいえ礼儀知らずの無頼漢というわけでもない。来客に対する礼節と一宿一飯の恩義くらいは持ち合わせている。


「……粗茶だが」


 部屋にやってきたモモにガイアスは自らいれた紅茶を出す。


「不味い。とてもではないが飲めたものではないわ。おぬし茶のいれ方もろくに知らんのか」


 モモに叱られガイアスはもうしわけなさげに頭を下げた。

 何しろ茶をいれるなどこれが初めての経験。見よう見まねでやっただけだ。


「どれ妾が手本を見せてやろう。しばし待たれよ」


 そういってモモはキッチンの奥へと消えていく。

 しばらくすると新しいカップとティーポットを持って現れた。

 器用な手つきでカップに紅茶を注ぐと自慢げな顔でガイアスの前に差し出す。


 ――くっそまじぃ。


 苦すぎてとてもじゃないが飲めたものではなかった。

 これなら自分がいれた茶のほうがナンボかマシだ。


「どうした。妾の出したものに何か不服でもあるのか?」


 ガイアスは無言でモモのカップに紅茶を注いで飲むことを勧める。

 モモは得意げに鼻を鳴らしてから紅茶を飲み、そして盛大に吹き出した。


「これは茶葉が悪いな。後で取り替えておこう」


 ホントかよと思ったがガイアスはあえて否定せず無言でうなづいた。


 我ながら丸くなったものだと感心する。

 世界を知ればいくらでも謙虚になれるものだ。

 もっとも昔から女は苦手なのだが。


「モモさん……だったよな。おれに何か用事でもあるのかい?」


 茶も飲めなくなりいよいよ間が持たなくなってきたガイアスはさっさと話を聞いて帰ってもらうことにした。

 ウィットにとんだ話とかどだい無理なので。

 ガイアスは禁煙派だがこういう時だけは煙草を吸う者の気持ちがわかる。何か口にくわえておけば話さない口実ができるのだから。


「少しは世間話でもとも思ったが、お互いそんな柄ではないか。では単刀直入にいおう。ガイアス、おぬし妾の弟子になれ」

「わかった」

「おぬしほどの者が人間の下につくことを快く思わぬ気持ちはわかるが……って即答かい! もうちょっとこう駆け引きせんか!」

「断る理由が特にないんで」


 ガイアスは無心でいった。

 地上に出て己が無力を知った。今は犬猫にすら師事したい気分だ。


「まったく、こういうのもコミュニケーションの一環だろうに……もっとも、おぬしのそういうところを妾は買っておるのだがな」

「そういうところとは?」

「おぬし、ズバリ馬鹿だろう」


 ガイアスは対応に迷い、意味深な薄笑いを浮かべてみせた。


「困ったことがあればとりあえず知った顔して笑っておけばいいと思っておるだろう。そういうところだぞ」


 ちっ……バレてたか。


 しゃらくせぇ女だと思ったが口にはしない程度の分別はすでにできている。


「だがそれでいい。妾は魔導の真髄へは馬鹿のみがたどり着けると考えておるからな。複雑で時間のかかる危険な魔術式を馬鹿故の大胆さと直感で一瞬で組み上げ躊躇なく実行できる。賢すぎる妾にはとうてい真似できぬ所業よ」


 ――褒められてるのかけなされてるのかどっちなんだこれは。


 昔のネウロイのような物言いにガイアスは不快感を覚える。

 とはいえ、そのネウロイに我慢を覚えると約束したばかり。少しぐらいは耐えたいのだが……。


「もっとも、現時点のおぬしでは妾には遠く及ばないがな」


 ――まあ、これはさすがに少しは怒ってもいいだろう。


 眼前で堂々と相手より優れた魔術師だと公言する。

 それが魔術師にとって最大級の侮辱であることを理解していないとはいわせない。

 とうぜん口先だけでは済まされない。彼女にはそれが真実であることを証明する義務が発生する。

 多少の恩義があるとはいえ、少しは痛い目にあってもらおうか。


 ガイアスは指の先に小さな空気の圧縮塊を発生させた。

 最低限の魔力で創った変則の空牙。威力は低いがそれ故に気取られにくい。

 こいつでデコピンの一発でも喰らわせて今日のところはご退場願おう。


 モモの説教を適当に聞き流しながら、ガイアスは彼女の額に向けて空牙を飛ばした。

 相手はか弱いただの人間。当たれば軽々と吹き飛び気絶することだろう。


 だが次の瞬間、勢いよく吹き飛んだのはガイアスのほうだった。


「な……何が……ッ!」


 見えない壁のようなものが突然ガイアスにぶち当たってきたのだ。

 攻撃態勢をとっていたため不覚にもモロに喰らってしまった。正直なところ結構効いている。


「見え見えだぞ。不意打ちならもっとこっそりやらぬか」


 モモがかわいい顔を邪に歪めて伏したガイアスを見下す。

 どうやらこちらの攻撃は完全に気取られていたようだ。


「最強を諦め、すっかり枯れ果てたかと思っておったが、侮辱に対して怒る程度の気概はあるようで安心したぞ。さあかかってこい。格の違いをぞんぶんに見せてやる」


 ――まさか、魔術を反射されたのか!?


 先ほどの見えない壁は、空牙が増幅されて跳ね返されたと考えるしかない。

 しかし魔術を反射する魔術など見たことも聞いたこともない。

 この魔術の発達が半世紀は遅れている地上で、本当にそんなものが実在するというのだろうか。


「あんたがこんなにつええなら海上に出る前にケンカを売っとくべきだったわ。船内ここじゃ狭くてまともに闘えねえ」

「そのようなことを口にしておるうちは妾には決して勝てぬよ」


 ガイアスが次の魔術を練るよりも早くモモは彼の懐に飛び込んでいた。


「悪いが余裕がない。魔術以外も使わせてもらうぞ!」


 言葉と同時に拳を振り下ろす。

 だがモモの掌がガイアスの胸に触れた途端、彼の目に映る景色が暗転した。


「魔術というのは極めれば極めるほどその規模が狭くなる。魔術師同士の決闘はつきつめればチェスの盤上程度の範囲で決着がつくものだ」


 気づけばガイアスは椅子に座っていた。

 立ち上がろうにもまるで見えない縄で縛られたかのように身体が動かない。

 テーブルを挟み頬杖をついて対峙するモモは、ガイアスに言いきかせるように語りかける。


「たとえばこんな感じにな」


 モモが指を鳴らすとテーブルにチェス盤が現れた。

 盤面にはすでにチェックメイトがかかっており、モモのクイーンがガイアスのキングの喉元に槍を突きつけていた。


 モモはクイーンを手に取ると、それをキングの頭上に叩きつける。

 ガイアスのキングは粉々に砕け散った。

 振り下ろされたクイーンは勢いそのままに盤を砕き、世界を砕き、ガイアスの全身をも粉々に粉砕した。



 そしてガイアスは再び船室へと戻る。

 部屋には何の損傷もない。吹き飛んだ際に壊れたはずの椅子やティーカップもすべてそのままだ。

 念のため自分の身体を確認するが傷ひとつない。



 いったい何が起きたというのか。


 ――いや違う。



 ()()()()()()()()()()



「……幻術の類か?」

「さてどうだろう。りたくば潔く敗北を認め妾に師事することだ」


 テーブルの上にはいつの間にかチェス盤が置いてあった。

 すべてが幻術だったというわけではないのか。あるいはこれもまやかしか。

 もはやどこからどこまでが現実の出来事なのかよくわからない。


 ――だが、それが魔術の本質か。


 虚構を真実に変えるのが魔術だとすれば、魔術とはその境目を行き来する技術。

 ならば曖昧さこそが魔術の本質。そこに至ることが魔導の極意。


「もちろん認めるさ。こうも次元の違いを見せつけられたら認めるしかない。俺の負けだよ。ケチのつけようがないほどの完敗だ」


 ガイアスは大声で笑った。

 今度はとりあえず笑ったわけではない。嬉しくて笑った。


 敗北――ガイアスはその二文字を今まで口にしたことがなかった。


 一度口にしそびれてから、ずっといえず終いでここまで来てしまった。

 それが今、ようやくいえた。

 それも魔力の質も量も自分よりはるかに劣っているただの人間の女相手にだ。


「不思議といい気分だ。あんたには感謝する」


 何もかも吐き出して胸のつかえがようやくとれた。

 わずかに残っていたくだらないプライドともこれでおさらばだ。

 これでやっと一からやり直せる。

 清々しい旅立ちの朝だ。


「俺もがんばって修行すれば、あんたみたいなすげえ魔導師になれるかな」

「逆だ。おぬしは少々がんばりすぎておる。それではどうしても才能の壁に阻まれる。次のステージへ行くには別のアプローチが必要となるだろう」

「あんたのいってることは難しくて俺にはよくわかんねえよ」

「わからずともいい。頭を使うのはおぬしには向いておらん。色んな場所に赴き、多くの経験を積み、そのすべてを五感で感じろ。さすれば自ずと至れるはずだ。誰も見たことのない魔導の高みへと」


 モモはチェス盤に置かれたポーンを手に取りひとつ前に進めた。


「ルージィはアドラを買っておるようだが妾はおぬしだ。蛇王も聖王も妾をも越えて、かつての英雄ですら届かなかった頂へとたどり着け。おぬしこそがサタンを討つ者だ」


 進んだポーンは一枚の写真へと形を変えて、ガイアスの手中に収まった。


「まずは舞踏会でその写真の人物と会え。妾と同じく偏屈者だが説得さえできればきっとおぬしの力になってくれるはずだ」


 四天王ではない。

 人狼族の長でもない。

 ただの人狼の青年ガイアス・ヴェインの物語は、今ようやくその一歩めを踏み出したばかりだった。

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