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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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蠢く策謀 前篇

 シルヴェン・アーラヤィナは恋に恋するうら若き12歳の乙女である。

 名門アーラヤィナ家の次女として生まれるはずだった彼女は――奇妙な話ではあるのだが――長女として育てられることになった。


 ソロネ全土に降り注いだ至高神ラースの天啓により姉が、生まれる前より今代の聖王に選ばれていたからだ。


 聖王に選ばれた時点で彼女は『エリ・エル・ホワイト』となり、アーラヤィナ家とはいっさい関係がなくなる。

 聖王はソロネの、延いては人類の財産であり、ひとつの家の所有物となることは赦されていないからだ。

 自動的にエリと名付けられた長女は、物心もつかぬ内に聖騎士団に連れられて家を出ていった。アーラヤィナ家にとって彼女は「はじめからいないもの」となった。


 こうして長女に繰り上げられたシルヴェンもまた、類いまれなる勇者の才を持って生まれていた。


 両親は大喜びで彼女に英才教育を施した。

 次期アーラヤィナ家の当主として、将来聖王に仕える立派な聖騎士にするために。

 自分はいなくなった長女の代わりにすぎないとシルヴェンは幼心に感じていた。


 だからといってシルヴェンに両親を責めるつもりはさらさらなかった。

 むしろ理不尽な理由で愛娘を奪われた両親に同情すらしていた。

 両親が自分にかつて長女だった女性を護ることを望むならその通りにしようと思っていた。


 もちろん、やるなら徹底的にだ。



                   ※



 シルヴェンが試験を合格して聖騎士団入りしたのはわずか8歳の頃だった。

 そこからわずか一年で第二級聖騎士に昇格し、次の一年で第一級聖騎士となる。さらにその一年後には団長に次ぐ序列二位にまで上りつめていた。


 聖王の妹だからという理由で贔屓されたわけでは決してない。

 実力と団への貢献により今の地位を手に入れたのだ。

 そこには才能だけではなくシルヴェンの血のにじむような努力があったことはいうまでもない。完璧主義者の彼女は一度決めたことは徹底的にやる性分だった。


 体格で劣るシルヴェンはそれを補うため聖気を変質させ巨人化させる術を収得していた。

 訓練場でそれを見た聖王エリから『巨人ジャイアント』の渾名を賜った。

 それ以降、彼女は『巨人のシルヴェン』として敵からはもちろん聖騎士からも畏れ敬われるようになった。


 誰もが一目置く勇者となり、若くして聖騎士団のNo.2になった。

 団長になる日も決して遠くはないだろう。

 後は護衛対象である姉を越えるだけ。

 我ながら完璧な人生プランだ。



 ――そう思っていた、あの時までは。



 シルヴェンが己の誤算に気づいたのは今より半年ほど前の舞踏会での出来事だった。


 彼女には仲の良い1歳年下の少女がいた。

 ずいぶん前に没落した下級貴族で顔もそばかすだらけでお世辞にも美人とはいえなかったが、どこか小動物っぽい愛らしさがあり、家柄のわりには舞踏会での「受け」は悪くなかった。

 一方のシルヴェンは上級貴族。そして生粋の武門の出だ。二人の住む世界はあまりに違いすぎたが、それゆえに互いに新鮮で、仲良くなる理由になった。

 テラスで親友の少女と語り明かすのがシルヴェンの舞踏会で唯一の楽しみだった。


 いつも通り示し合わせて夜のテラスに出たシルヴェン。

 しかし今回はいつもと状況が違っていた。


 親友の少女には同伴がいた。

 年上の男性だった。少し背は低いが金髪碧眼のなかなかの色男だ。


「シルヴィに紹介するね。私のフィアンセよ」


 ――ふぃ、婚約者フィアンセぇ!?


 シルヴェンは驚愕した。

 失礼だが色恋沙汰とは無縁な少女だとばかり思ってたのだ。


「あたしたちもうすぐ結婚する予定なの」


 ――け、け、け、ケッコンっッ!!!


 シルヴェンは愕然とした。

 かなり失礼だが彼女に先を越されることはないだろうと慢心していたのだ。


 婚約者は庭師の息子で周囲の反対を押し切ってのゴールインだったと少女は熱っぽく語った。

 シルヴェンは彼女の話を食い入るように聞いていた。


「身分違いなのは百も承知だけど、結婚式には参列してくれるかしら」

「もちろんです。何をおいても絶対に行きます」


 シルヴェンは内心の動揺をおくびにも出さずにいった。

 それから親友の少女はすぐに結婚して慎ましくも温かい家庭を築いた。


 ――もしかして私、行き遅れてない?


 幸せそうにしている親友の顔を見てシルヴェンは自分の完璧な人生プランに大事なものが欠けていたことに気づいた。


 それは人生を供にするパートナーの存在だ。


 白馬に乗った王子様が無条件で自分のところにやってきて勝手に婿入りしてくれるのだろうと漠然と思っていたが、そんな都合のいいことがあるはずがない。

 今すぐ計画プランを修正する必要があるだろう。


 まず自分より強い男。

 これは絶対条件だ。

 自分より弱い男は男として見れない。


 そしてできれば優しい男性がいい。

 私のことを大事にしてもらいたいから。


 もちろん顔もいいに越したことはない。

 性格の悪い女だと思われるのでこういうことはできれば口にしたくないが、顔の造形があまりに悪いと生理的に受け付けない。


 この三つの条件に合致する人材を至急探さなくてはならない。


 だが残念なことに、彼女の要求に応えられるような婿候補はなかなか見つからなかった。

 それほどまでにシルヴェンは強くなりすぎていたのだ。

 鍛えに鍛えた己が力がこんなところで大きな障害になるとは思いもよらなかった。


 実力だけなら第一級聖騎士が候補に挙がるが、子持ちのオッサンだったり女性だったり奇人変人だったりで、残念ながら見送らざるをえない。

 いくらか妥協しようにも他の聖騎士たちからも年齢と日頃の行いから女として見られていない。ぶっちゃけると化け物扱いだ。出会いなどあるはずもない。


 理想を現実に変えるのは厳しい。

 とはいえお見合いや政略結婚などまっぴら御免。

 燃えるような恋愛の果てに幸福に結婚したい。ていうかそれ以外ありえない。


 ――しかし、このままでは一生独身で生涯を終えてしまう!


 年齢的に考えて急ぐ必要などまるでないのだが、年下の親友に先を越されたこともあってシルヴェンは焦りに焦っていた。

 ソロネ武闘大会に参加したのも姉の命令以上に婿探しという側面が強かった。

 世界中から猛者が集まる大会ならば、もしかしたら運命の男性が見つかるかもしれないと思ったのだ。

 そして彼女のその読みは見事に当たった。


 こうしてシルヴェンは理想アドラと出会う。

 この出会いは今まで真面目に働いてきた自分に対する神からのご褒美であると彼女は今も信じて疑っていない。



 そして現在――邪魔者エリのいない帆船ばしょで、二人きりになれる絶好のチャンスを手に入れた。



 これもまた神の思し召しに違いない。



 ――この好機、絶対にモノにしてみせます!



 モモがヴァーチェ上陸時の作戦会議を開く中、シルヴェンのもうひとつの作戦は静かに動き出していた。

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