大いなる災厄
奇跡的に何のお咎めもなく通常業務に戻ったアドラ。
だが職場までは普段通りというわけにはいかなかった。
先日虐殺された職員は哀れにもすべて不死人になっていた。
「完璧な仕上がりですべて元通りですデス」
とは不死人であり不死人使いでもあるサーニャの言葉だが果たして本当だろうか。
試しに職員の一人に話しかけてみる。
「あ゛……あ゛……あ゛あ゛……ッ!」
ぜんぜん元通りではなかった。
仕事はおろか会話のひとつもまともにできない。
アドラは天を仰いだ。
「記憶が復活するまで時間がかかるのでもう少しお待ちくださいデス」
それまで他の司令部がサポートするのでアドラはいつも通り机に座っていればいいとのことだ。
激しく気が滅入るが、今は自分がこの中に加わらなかっただけありがたいと思わなければならない。
もっともネクロマンスは術者にとっても少なからず負担があるので、そう軽々しく使えるものではないのだが。
「サーニャさん、おれって何でこんなに特別扱いされてるんですかね」
素朴な疑問だった。
突然四天王に抜擢され今も殺されもせずに右腕扱いされている。
最初はメノス王家の王子だからだと思っていたがそれは否定された。
よくよく考えれば大国とはいえ属国の王族を厚遇する理由などどこにもない。
後の禍根を考えればさっさと始末したほうがいいぐらいだ。
本人に訊けばてっとり早いのだろうがさすがにそれは恐れ多くてできない。
なので古株の四天王であるサーニャに尋ねてみたのだが……。
「わかんないニャー」
四天王とはいえサーニャもアドラと似たような境遇。
魔王の思惑など知る由もない。
「でもアナタ超強い魔族だって話聞いてますデスよ。ホラこの前もロドリゲス師団長を一瞬でぶち殺したって噂で持ちきりでしたし」
「だからそれは誤解ですって。あの人さっきそこの通路を歩いてたじゃないですか」
「そいえばソーでしたね。なんでそんな噂流れたんデスかネー」
サーニャが首を傾げるとそのまま首がもげた。
アドラは大慌てで首を戻す。
その様を愉しそうに眺めていたオルガンが会話に加わってきた。
「理由は単純。あなたが強いから。ただそれだけ」
ですかね――アドラは小さく肩をすくめた。
オルガンの人となりをだいぶ理解したアドラは、あまり彼女の話を真に受けないようにしている。
「あたしの放った魅了魔術を悉く弾き返すあなたを弱いだなんて誰にもいわせない」
「あっ! ここのところ何かおかしいと思ったらやっぱりあなたの仕業でしたか!」
魔王城に着てからアドラの結界にちょくちょく干渉してくる魔力があることには気づいていた。
それは日常業務におけるアドラの憂鬱のひとつだったわけだが、今回ハッキリと原因がわかって少し腹だたしい気分になる。
「迷惑ですからそういうのはホントもうやめてください!」
「ゴメンなさぁい。あたしもちょっとムキになっちゃってたのぉ」
まったく悪びれていない口調だった。
オルガンが去ったのを何度も確認してからアドラは大きなため息をひとつついた。
彼女はこういう性格なのだ。いちいち怒ってもしかたない。
「オルガンさんの魔術を弾くなんてやっぱりすごい魔族なんデスね」
「結界魔法だけですよ。これは先祖代々受け継がれているものですから」
サーニャに褒められても今ひとつ誇らしい気分になれない。
アドラの持つ二つの結界魔法は幼少の頃より人為的に移植されたもの。
自分の力ではないものを得意げに語る気にはなれない。
「でも結界のおかげで色んな災厄から身を守ってもらえて助かってますが」
親には感謝しないと。
そういってアドラは朗らかに笑う。
だが彼の認識は少しだけ間違っていた。
事実この結界には幾度となく助けられている。
反乱軍に村を襲われた時も、ロドリゲスに決闘を申し込まれた時も、結界によってどうにか難を逃れている。
アドラ自身ではなく、相対する敵が――だ。
アドラと敵対する者は魔法移植を施術した両王家に感謝しなければならない。
真冬の闇よりもドス黒く、氷獄の魔王よりも邪悪な、大いなる災厄に触れることを回避できたのだから。