勇者と魔王
船の中は外見のボロさとは裏腹にずいぶんと豪勢だった。
木造だが木材は新しいものが使われており床には綺麗にワックスがかかっている。
もうしわけ程度に貨物を積み込めるようにしてあるが、本来の用途は客船らしく個人で泊まれるスイートルームやビリヤード等が楽しめる娯楽部屋も用意してある。
船の操縦は専属のクルーが担当し、食事は一流のコックが手によりをかけて料理してくれる。乗ってるだけで何もせずとも勝手にヴァーチェに到着するだろう。至れりつくせりとはまさにこのことだ。
どうやら新造船を外見だけわざとボロくしているようだ。
カモフラージュならもっと徹底するべきだろうとアドラは思ったが、おそらく持ち主の意向でそれは無理なのだろうと諦めていた。
「時間も十分にあることだし、親睦を兼ねて作戦会議といこうか」
モモは船内で一番広い客間にメンバーを集合させるとワイン片手にそういった。
もう幼女のフリをするのはやめたようで大きなソファに足を組んで座り、集まった面子を値踏みするように見渡す。実に偉そうだ。
「我々の目的は来月に開催されるヴァーチェ聖信舞踏会に出席し、教皇と面会することだ。ここまではもちろん理解しているな?」
アドラはすぐさま挙手した。
「何か質問かな、ルガウ王」
「おれは教皇の顔すら知りません。舞踏会に出席しても誰に声をかけていいのかもわかりません」
「安心しろ、妾も知らん。おまえたちのことはルージィが教皇に報告しているから、出席すれば向こうが勝手にコンタクトを取ってくるだろう」
「はぁ……ではこれ、何のための会議なのでしょうか」
「要人と面会するなら当然、警備がいるだろう。向こうが用意した警官などまるで信用おけんからな。パーティに参加せずに外を固めるメンツをまず決めたい」
「なるほど。じゃあおれ、警備側に参加していいですか?」
「アホか! おぬしが主賓だろうが!」
――やっぱりダメか。
アドラはガックリと肩を落とした。
他のメンバーを働かせて自分だけパーティを楽しむというのはアドラにとってある種の拷問である。
「妾とルガウ王とガイアスは確定として、他の者には外で待機し外敵を警戒してもらいたいのだが構わんか?」
「ガイアスさんは見識を広めるのが目的だからわかりますが、招待状をもっていないモモさんが出席する理由は何ですか?」
「当然、外で待機して仕事するのが嫌だからだ」
さすがのアドラもこれには苦笑するしかない。
ここまでわがままだとルージィもさぞかし苦労していることだろう。
「そういうわけで誰かさんよ、招待状を譲っておくれ」
「いいですよ。私の招待状をお使いください」
暗に名指しにされたシルヴェンが懐にしまった招待状をモモに投げ渡す。
「要人護衛は騎士の本分。それに舞踏会なんてさんざん出席してもう飽きてますので。どうぞあなたがお使いください」
「物わかりがよくて助かる。この件、ルージィにはくれぐれも内密にな」
「それは保証しません」
「そこを何とか」
「任務報告は騎士の義務ですので」
「この前は殺すとかいって悪かった! 後でとっておきの魔法をいくつかくれてやるからこれこの通り!」
モモが立ち上がり何度も頭を下げるとシルヴェンは満足げな顔で了承した。
……親睦深まってるなぁ。
「了承も取れたことだし、次は警備の配置について説明したいのだが……」
「ちょっと待ってください。その警備、彼も参加させる気ですか?」
シルヴェンが指さしたのはオキニスだ。
一同の視線が集まるが彼は壁に背を預けたまま無言を貫いている。
「人手も足りんし、そのつもりではあるが……」
「護衛リーダーの立場からいわせてもらうと、このような年端もいかぬ子供に重要な任務を与えるの非常に不安です」
君より年上なんだけど――とアドラはツッコみたかったが、我が身かわいさに口には出来なかった。
「もっともそれ以前に、このような信用のおけぬ人物を旅に同行させた理由がわかりません。これはモモさんの計らいですか?」
「まさか。もちろん妾は反対したぞ。だがルージィはなぜかそいつにご執心なのだ。いつかきっと素晴らしい勇者になるといってきかん」
シルヴェンはオキニスを一瞥すると鼻で笑う。
「剣技はまあまあですが勇者としては控えめにいって三流――ハッキリいってしまうと雑魚ですね。この程度の輩にアドラ様の首が取れるわけがないのでそこは安心なのですが、裏切って敵と内通されたら多少は面倒です。今からでも遅くないのでルガウに帰したらいかがでしょうか」
「裏切ることだけは絶対にないと断言しておったが……おぬしには悪いが今日のところはルージィの顔を立てて我慢してくれ」
「聞くところによると彼は最近勇者になったばかりだとか。後天性の勇者が先天性の勇者より強くなったという話を私は聞いたことがありません。失礼ながらルージィ卿の目は節穴なのでは?」
「あやつに見初められた妾がいうのも何だが、妾もたまにそう思う時があるわ」
面前で堂々の侮辱。
オキニスの性格を鑑みれば怒り狂ってもおかしくはない。
しかし彼は何もいわず、ただ静かに席を立ち、独り部屋を出ていった。
※
客船を改造して用意された倉庫にはもうしわけ程度の積み荷しか置かれておらず、スペースにかなりの余裕があった。
オキニスは倉庫に入ると腰の鞘から剣を抜き黙々と鍛錬を始めた。
精神を統一し、ただひたすらに素振りを繰り返す。
それ以外の鍛錬方法をオキニスは知らない。
「素振りもいいけど、やっぱきちんとした師を仰いだほうがいいと思うよ。おれもそうしたし」
オキニスを追ってすぐに倉庫までやってきたアドラがそう助言するも、彼は無言で訓練を続ける。
「君のプライドが許さないかもしれないけど、ここは試しにシルヴィに師事してみたらどうだろうか。第一級聖騎士である彼女の実力は本物だ。勇者の名家ということもあって聖気の訓練方法も詳しく知っているはず。きっと君の力になってくれる」
オキニスは答えない。
淡々と剣を振り上げ、そして降ろす。
「大丈夫、おれの頼みならきっと断らないから。実は彼女はおれの婚約者で……」
「――貴様はなぜいちいちおれに構う?」
オキニスは唐突に素振りをやめると剣をアドラに向ける。
「聞いてなかったのか。おれは貴様を殺すといったはずだぞ。だったら……」
「――それがおれの望みだからといったらどうする?」
アドラはオキニスを見据えていった。
その面もちは真剣そのもの。冗談をいっている様には見えない。
「ソロネに行って、おれは自分を知った。知れば知るほど、おれはかつて君がいった言葉が真実だと思い知らされることになった。おれの本質はやはり『悪』なのだろう」
「だからおれに殺して欲しいってか?」
「今はまだ死ねない。おれは人類の勇者としてサタンを討たなきゃいけない」
アドラの言葉にオキニスは失笑した。
「ずいぶんと大きく出たもんだ。何様だよおまえは」
「君に足下を見ろと説教しておいてお恥ずかしい限りだ。でもおれに期待してくれる人たちの想いには応えなければならない。聖王に認められた人類の希望として」
アドラは自らの胸を強く押さえる。
「だけど、おれがその想いをいつまでも背負い続けていられるか、正直自信がないんだよ。おれの魔力は明らかに異常だ。そして異常な存在がいつまでも正常でいられる保証なんてどこにもない。怖いんだよ、いつか何かの拍子でおれもサタンのような人類悪になるんじゃないかって。だから君のその正義の瞳で、おれを常に監視してもらいたいんだ。そしておれが狂ってしまったら、その時こそ君の手で――」
アドラが話し終える前にオキニスは行動に移していた。
聖剣を大きく振り上げアドラに斬りつける。
鋭い剣閃。
だがそれは一般的に見た場合の話。
集中すれば今のアドラには止まって見えるぐらいお粗末だ。
「話は最後まで聞いてよ」
「聞くまでもない。おまえは悪としておれに斬られて死ぬ。それだけだ」
オキニスの剣を軽々とかわしながらアドラは肩をすくめた。
何をするにも躊躇がないのが彼の美点だが、もう少しぐらい熟慮することを覚えてもいいのではないだろうか。
「断言してやるよアドラ。おまえはそんなに大層な存在じゃない。おまえは死ぬまで小悪党だよ。だからわけのわからん心配をせず安心して今ここでおれに斬られろ!」
「そういってもらえると、おれも少しは気が休まるよ!」
アドラは微笑みを浮かべながら剣を抜きオキニスと刃を交わす。
「強くなれオキニス! おれよりも誰よりも! だからおれも、わざと斬られてはやらないぞっ!」
「イヤミか! 後天的勇者であるおれはそこまで強くはなれない!」
「誰が決めたそんなこと! 前例がないというのなら君が前例になればいい!!」
オキニスが次々と放つ剣撃をアドラは笑いながら捌いていく。
真っ直ぐな剣筋。邪念なき黄金の聖気。惚れ惚れするほどの美しさだ。
勇者の素質は十分すぎる。あとは実力が伴えばいいだけだ。
「自信がないのは君らしくないな! 君はおれとルージィさんが認めた勇者なんだぞ? もっともっと高みを目指せるはずだ!」
「他人と比べてどっちが強いかなんてどーだっていいんだよ! おれはルガウの勇者として島を牛耳るてめぇをぶちのめす! ただそれだけだっ!」
「その言葉を待っていた!」
アドラはルガウで出来た初めての親友の成長に感動していた。
自分の弱さを知り、それでも前に向かおうとする意志は何よりも素晴らしい。
生まれし日より望まずして『最強』の二文字を背負わされたアドラには、それがとても眩しく映るのだ。
「ではおれはルガウの魔王として勇者の挑戦を受けて立とう!」
アドラはオキニスに合わせて剣を振りかぶり、彼の一撃を真正面から受け止めた。
――弱さを受け入れ、強くなれオキニス。
そして上を向くことしかできないおれの代わりに足下を見ておいてくれ。
君の成長が、きっとおれにとっての救いになるから――




