最後の渡航者
群青の空の下、ルガウ島の首脳陣が一同に会する。
ヴァーチェ出発に向けた最後の会議だ。
城は綺麗さっぱりなくなった。緊急時に利用する施設も聖騎士たちの宿泊地になったりオルガンの工房になったりしてすべて潰れた。
以上の理由により青空会議である。
ああ――空が綺麗だなぁ。
と、現実逃避している場合ではない。
アドラはルガウ王としてこの場を仕切らなければいけない立場なのだ。
「まず最初に、出発メンバーを選考したいと思います。招待状をいただいたおれとガイアスさんとシルヴィは確定として、不測の事態に対応できる戦力が欲しいですね」
アドラの提案に真っ先に手を上げたのはエリだ。
今回は聖騎士団代表として会議に参加している。
「一人は当然私だろう。教皇聖下は真の勇者をご所望とのこと。異論はあるまい」
「あーいやいや、それはダメですよ」
アドラも納得の人選。
だがそれに異論を唱えたのはヴァーチェ代表として参加しているルージィだ。
「どうした、私がヴァーチェに行くと貴殿に何か不都合でもあるのか?」
「前にもお話しましたかと思いますが今回の入国は内密にしたいんです。あなたみたいな超有名人に来られると色々と困りますよ」
「なぜだ? 教皇直々の誘いだろうに」
「おそらくその招待状、教皇の独断ですので」
ルージィの言葉にエリは首をかしげる。
「それがどうした。世界一の権力者が独断で動いて何が悪い」
「そっちではあなたが大正義であなたの独断で何をしても許されるかもしれませんが、うちじゃそうとうな悪事なんですよこれ。一番偉いはずの教皇が四人もいるところで察してくださいよ」
アドラはコートから教皇からの招待状を取り出し確認する。
書簡のサインは一名のみ。しかも二人きりで会いたいと書かれている。
ルガウ出向前のルージィにこっそり渡したところといいまず間違いなく独断だ。
独断ということは当然危険も伴う。目立たないに越したことはないだろう。
「同様の理由でジャラハ王子もダメです。今回は見送ってください」
「つうか休戦気味とはいえ敵国だからな。さすがに行けんわ」
キュリオテス代表のジャラハは腕を組んだまま不機嫌そうにいった。
余所者のはずなのに今ではすっかり幹部待遇である。
ルガウは本来キュリオテス領なので正しい姿ではあるのだが……これが陽キャのコミュ力という奴か。
「ていうかジャラハさんとルージィさんっていったいどんな関係なんですか?」
何とはなしに疑問に思ったアドラが二人に訊いた。
まさか友だちということはあるまい。
「こいつとは昔、戦場でちょっとな。まあダチみたいなもんだな」
と、ジャラハが答える。
なんと意外なことに友だちだった。
一見すると水と油そうに見えるのだが……。
「まさか戦ったんですか!?」
「そんな無謀なことをしたら私、今頃この世にいませんよ。悪い冗談はやめてくださいよルガウ王」
アドラの考えなしの発言はルージィがすぐに否定する。
そりゃそうだ。蛇王とガチンコで戦ったら相手が誰であろうと無事では済まない。おそらくガイアスであろうとも、だ。
「ミーザル地方での停戦協定に立ち会って以来、個人的な付き合いがあるというだけです。私が洟垂れ小僧だった頃の話ですのであまりほじくり返さないで欲しいです」
「おれからすればあの頃のおまえの方が気骨があって好きだったけどな」
ジャラハの表情から察するに敵対国家の王子と枢機卿という関係にも関わらず二人の仲は良好のようだ。
今回の議題とは無関係なので詳しくは聞かないが仲のいいことは良いことだ。
「ちなみに私も今回は島に残るつもりです」
ルージィは自分を指さしていった。
「私自身が有名人ということもありますし、ルガウに出向してすぐにとんぼ返りというのはいくらなんでも怪しすぎますので。よって水先案内人は彼女にお任せします」
ルージィが紹介すると隣にいたモモがコートの裾をあげてあいさつする。
「モモともーします。おじさんにたのまれてヴァーチェをあんないいたします」
「だからそれはもういいですって!」
ルージィが怒鳴るとモモは腹を抱えて笑った。
権謀術数巡らす狡猾な彼も嫁の扱いには苦労しているらしい。
「まあ、冗談はこれぐらいにして、残りのメンバーを決めようか。妾としては渡航者は精鋭だけに絞りたい。智恵と慈愛、高潔と美徳の国ヴァーチェの洗礼を受けたい者から手を挙げるといい」
本性を現したモモが会議のメンバーを一通り見渡す。
彼女のつまらなそうな顔を見る限りどうやらお眼鏡にかなった者はいないようだ。
結局手は挙がらず、アドラが仕切るしかないという運びとなる。
「とりあえずヴァーチェに詳しい人材が欲しいですね。できればネウロイさんに来ていただきたいんですが、そんなことしたら内政ができる人がいなくなっちゃうし、他に誰かいませんか?」
「だったらサーニャを頼ればいい。昔わしらと一緒にヴァーチェに視察にいった経験がある」
ネウロイにいわれてアドラは自分の隣にちょこんと立っているサーニャを見る。
「ヴァーチェのことならバッチリです。おまかせくださいですデス」
――ほ……本当かぁ?
彼女のことは相棒だと思っているし、もちろん最初から連れて行くつもりではあったのだが、ヴァーチェの案内人ができるかといえば正直、疑問符がつく。
ゾンビ差別をするつもりはさらさらないのだが、頭の方にいささか問題があるのではないだろうかと……。
「ネウロイさん、本当に彼女を頼って大丈夫なんでしょうか?」
「あいつはあれで賢明なところもある。まあ、大丈夫だろう。たぶん……」
急に目をそらすのはやめてくださいよネウロイさん。あなたも絶対不安に思ってますよね?
「ソロネではあまり活躍できませんでしたので、今度こそぞんぶんに暴れていきたいと思っている所存ですデス。イクゾー!」
「あくまでも隠密行動だからね。むやみに暴れるのはホントやめて……」
とりあえず出発メンバーはここで打ち切っていいだろう。
人数は絞りたいというのはアドラも同意見。経験を積ませるために部下を何人か連れていこうかとも考えたが、やはりそれは危険だろうと思い直して却下している。今回の出航は自分のわがままによる部分も大きい。無関係な者は極力巻き込みたくはない。
――だけど、この出航にはきっと大きな意義がある。
これはアドラの推測だったが、確信に近いものがあった。
教皇ほどの大物が極秘裏に二人きりで会おうといいだして世間話に花を咲かせてハイおしまいなどというわけがない。
きっと重要な案件だ。下手すれば世界を揺るがしかねないほどの――
「では行きましょう。曲者ひしめく世界第二位の超大国ヴァーチェに!」
アドラは決意も新たに皆に宣言する。
この出航はアドラにとって後人生を揺るがすほどの大きな転機となるのだが、その可能性をわずかながらにも予測せし者は、彼の腰に収まる勝利の剣のみだった。
※
ルガウの小さな港に停留した船は古びた商船だった。船の帆にはソロネの紋章が入っている。
ヴァーチェ入国用にルージィが用意したものだ。
今回はアドラたちはソロネの商人という名目で入国する。
「パスポートもすでに偽造済みです。安心して出航してください」
「ルージィさん……いくらなんでも準備が早すぎですよ」
出発メンバーが決まってすぐにここまで出立の準備が整っていると、さすがのアドラも怪しまざるをえない。
「これでも私、もと闇の住民ですので。イリーガルなことは得意なんですよ」
――ホントに『もと』なのかなぁ。
アドラは顔をしかめるが疑ったところで何かが変わるわけでもない。
一から十まで準備してもらったのだから今日のところは感謝しておこう。
「あ、そうそう言い忘れてました。出発メンバーの件ですが、私のわがままでもう一人だけ加わってもらうことになりました」
突然のメンバー追加にアドラはまた顔をしかめた。
「そういうことは事前に伝えておいてくださいよ。足手まといは困りますよ」
「私のイチオシですのでご安心ください。ルガウ王もきっと喜ばれると思いますよ」
「……いったい誰なんですか?」
「それは会ってからのお楽しみということで」
言い忘れてたんじゃなくてわざと隠してたんだろうと思ったが、アドラはあえて口にはしなかった。
ルージィはこういう性格なのははじめからわかっていたこと。イチイチ目くじらを立てていたら身が持たない。どうせ自分の監視役か何かだろう。
「まあいいですよ。それで最後のメンバーは今どこに?」
「すでに乗船していますので、そろそろこちらに気づいて降りてくる頃合いです」
ルージィの言葉通り、帆船からタラップを使って何者かが港に降りてきた。
ローブを目深にかぶり顔はわからない。中肉中背で腰に大層な剣を携えている。こちらに向かって力強く歩いてくる。
――いいですねルージィさん、これはナイスなサプライズだ。
すでに最後のメンバーの正体を察したアドラは薄笑みを浮かべながら待ち構える。
「覚悟ッ!」
腰の剣が素早く引き抜かれた。
鋭い一閃。だがアドラも勝利の剣を引き抜きそれを軽々と受け止める。
剣と剣がぶつかりあった瞬間、気の相克による衝撃波が巻き起こり、目深にかぶったローブがめくれあがる。
「いい剣筋だ。そして穢れひとつない美しい聖気だ。男子三日会わずば刮目してみよとはまさにこのこと。わずかな期間で大きく成長したね――オキニス・エンシ!」
「貴様に褒められても嬉しくはない!」
突然の狼藉者に刃を向けるシルヴェンをアドラはすぐに手で制する。
偉大なルガウの勇者に怪我でもさせてしまってはもうしわけがない。
「結論が出たようだね。やっぱりおれは君にとっての悪かい?」
「当然だ。だからこうして斬りにきた」
「そうかい。でも今の君の実力じゃまだおれを斬るには遠く及ばない」
「……」
「だから、もっと強くなれオキニス。そのためにも……一緒に行こう、ヴァーチェに!」
アドラの言葉を受けて、オキニスは舌打ちしつつも剣を収める。
今の一撃は確かに鋭かった。だが殺意は篭もっていなかった。
あれは握手の代わりだ。実にオキニスらしいあいさつだとアドラは苦笑する。
今回もまた憂鬱な旅路になるだろうと思っていたが、彼の更なる成長を間近で見られるならば、存外悪いものではないかもしれない。
 




