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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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勝利の剣

「――やっぱりダメか!」


 魔界へと続く大型エレベーター。その制御装置コンソールをアドラは忌々しげに叩いた。


 ソロネ出立前は問題なく稼働していたエレベーターが今は反応すらしない。

 動かないのはエレベーターだけではない。転送魔法陣もだ。おそらく魔界にあるすべての入り口が閉鎖されている。大きな権限を持つ者が事前に入念な準備をしていなければありえない事態だ。魔界での該当者はルーファス以外にいない。

 認めたくはないが、ルージィの言葉は紛うことなき真実のようだ。


「いや……まだ手段はある」


 公的なルートは使えない。ならば私的なルートならどうだ。

 思いついたアドラは島の首都から少し離れた場所にある魔術工房へと向かった。


「うーん……無理。その辺もきっちり対策されてるみたいだわぁ」


 魔術工房の主であるオルガンはそういってあっさり匙を投げた。


「サキュバス種の個人契約用魔法陣でもダメですか」

「ごらんの通り、サキュバスネットワークへの接続者ゼロ。いくら個人間契約ピアツーピアといっても仲介点サーバーに接続できなきゃどうしようもないわねぇ」

「仲介を挟まずオルガンさん個人のルートはないんですか?」

「ないわ。あたし、自力で生命活動を維持できる天才サキュバスだから、そっち方面に食指を広げてないのよ。それに仮にあったとしても召喚転移は不可能だわ」

「どうしてですか?」

「地上と魔界の間には『エル大地エリオン』という巨大な魔力絶縁体インシュレーターが存在してる。魔界の先人はこれをぶち抜くために長い時間をかけていくつも魔術的な穴を空けたんだけど、今回はそれが完全に塞がれている。ネットワークに接続できないのも通話ができないのもこれが主原因よ」


 ――そんなことで簡単に使えなくなるのか。


 普段何気なく使っている魔導通信。

 あまりにお手軽簡単で使えることが当たり前だと思っていた。

 いざ使えなくなるとなんという心細さか。

 先人の偉大さにただただ感服するばかりだ。


「無理やり空けることはできないんですか?」

「できるけど、どれだけ早くても数年はかかるし、空けれたとしても魔界に行けるとは限らない。現実的な選択肢ではないわねぇ」


 アドラは歯ぎしりする。

 やはりルージィの思惑通り教皇に会いに行くしかないらしい。


「どうしてルーファス様は、このようなことをしたんでしょうか」

「さあ……あのくそじじいは頭がおかしいから常識人のあたしには皆目検討もつかないわね。先人ががんばって空けた魔孔を全部塞ぐとかちょっと正気じゃないわよぉ」

「ルージィさんはおれたちを封じ込めるためだっていってましたけど……」

「それこそ理解不能の最たるところね。現在、主力の四天王全員が地上に集結してるのよ。あのじいさんだけで果たしてどれだけ反乱軍を押さえられることかしら」


 ――まっ、あいつがどうなろうとあたしの知ったこっちゃないけど。


 そういってオルガンは愉しそうに笑った。

 魔王軍から逃げ出してきた今のオルガンは、どちらかといえば反乱軍よりの立場である。仮に魔王軍が負けたとしてもいい気味だと思うのは当然か。


「やはり教皇聖下に魔界への通行手段をお伺いにいくしかないか」

「もう放っておきなさいよぉ。魔界側からならいくらでも手段はある。用件があれば向こうから来るわよ」

「そういうわけにはいきません。どうにか戦争を止めないと……っ!」


 アドラは急いで工房から出ようとするがオルガンがそれを制止する。


「アドラちゃんには悪いけど、シュメイトクはもう諦めなさい。あなたがあれだけ存続のために尽力したにも関わらず好機とあらばすぐこれだもの。仮にあなたが行って止められたとしても何かあればまたすぐ戦争をおっ始めるわ。キリがないし無意味よ。馬鹿は死ななきゃ治らないってことね」

「し、しかしですねオルガンさんッ!」

「それにこの戦争、どっちに転んでもあなたにとっては損のない話。反乱軍が勝てば当主として魔界に君臨すればいいし、魔王軍が勝てばいつも通り四天王として振る舞えばいい。隔離してきたのは向こうなんだから文句はいわせない。こちらにも牙を剥いてくるようならむしろ望むところ。反乱軍の相手で疲弊した魔王軍を聖騎士団と共に蹂躙してやればいい」


 どちらが勝とうが高確率で魔王の座が転がり込んでくる。

 だからそれまで待てとオルガンはいうのだ。


「……オルガンさんは、おれに魔王になってもらいたいんですか?」

「もちろん。これは保身だけの話じゃない。魔界の未来を考えれば当然の選択よ」


 アドラは笑った。

 いつものジョークだと思ったのだ。

 だがオルガンの顔は未だかつてないほどに真面目だった。


「ルーファスは狂人よ。世界征服を果たすか死ぬまで侵略活動を止めはしない。だったらあなたが魔王となって魔界を統率する。魔界が生き残るにはそれしかないわ」

「ルーファス様は話のわからない御方じゃない。おれががんばって説得すればきっとご理解いただけるはずだ」

「無理ね。あなただってすでにあいつに不信感を抱いているんでしょう。そうでなきゃクーデターなんて企てない」

「いやそれは……あくまで説得のための交渉カードを揃えているだけで、本気で政権を簒奪しようと考えているわけでは……」

「似たようなものじゃない。あなたの揃えたカードは、すでにルーファスの持つカードを上回っている。だったら妥協ダウンではなく勝負コールするべきよ。相手にたっぷりと消耗ベットしてもらってからね」

「で、ですが……っ!」

「アドラちゃん、あなたは王族を捨てて自由気ままに生きたいのかもしれないけど、最早そんなことはいっていられない状況よ。あなたはすでにソロネ王。それは地上人類の希望と同義。だったら魔界人類の希望だって背負ってもらいたい」


 オルガンは工房の奥から一振りの剣を持ってくるとアドラの前に差し出した。


「最後の王族から最初の人類王おうへ。全人類の希望を背負って立つ勇気があるなら、この剣を取って立ちあがりなさい」


 アドラの身長の半分ほどの長さの片手半剣バスタードソード

 鞘には見目麗しい装飾が施され金色に輝く宝石が埋め込まれていた。

 間違いなく魔導兵器だ。


「これが 《アンサラー》 のデータを元に改良を重ねバージョンアップを果たしたあなたの新しい力―― 《勝利の剣》 と名付けたわ。新天地に赴くなら入り用よね?」


 オルガンはルガウに到着すると同時に魔術工房にできるような建物を希望した。

 それからずっと工房に篭もりきりで熱心に研究を続けていたが、その理由がようやく判明した。


 ――おれのために、きっと寝る間も惜しんで造ってくれたんだ。


 感動し深く感謝すると同時にアドラは自らの都合ばかり考えている自分を恥じた。

 今の自分は公人。そして勇者だ。人類全体の未来を最初に考えずに何とする。


「……話し合いはします。ルーファス様にも言い分はあると思いますので。ですがその結果、あの御方が人類みんなにとって危険だと判断した場合」


 差し出された剣を、アドラは力強く掴み取る。


「おれがこの手でルーファス様を討ちます。そして、サタンも――」


 アドラが剣を鞘から抜くと頭の中に『声』が直接響く。

 

『我が名は 《勝利の剣》 。貴殿に勝利をもたらすものだ』


 剣よ――願わくば、我々(じんるい)に輝かしい勝利の栄光を!


 アドラはオルガンから渡されたホルダーに勝利の剣を収めた。

 あまりに重い責任だが、すでに決意は固まっていた。


「ガイアスがあなたに最強まじゅつを託したように、あたしもあなたに未来けんを託すわ。あたしにこれ以上できることはないけれど……後はお願いね」


 どこか寂しげに微笑むとオルガンは背を向けて工房の奥に戻っていく。

 アドラは反射的にその手を取って引き留めた。


「……まだ何か用事でもあるのかしら?」

「いえその、こんなすごいものをタダでいただいてしまってはもうしわけが……何かお礼をと思いまして!」

「結構よ。あなたの活躍で魔界に平和が訪れれば、それでお釣りが来るわ」

「そんなそっけないこといわないでくださいよ! おれがソロネ王になってからずっと冷たくておれ寂しいですよ!」

「そんなことないわよ。それじゃあ、あたし研究で忙しいから」


 手を振り払い背を向けるオルガンを、アドラは思わず後ろから抱き締めてしまった。


「え……? ちょっ……なんで!?」


 顔を真っ赤にして当惑するオルガン。

 だが彼女以上に当惑していたのはアドラ本人だった。

 この剣を託したことを理由に、もう二度と自分に関わってくれないのではないかと思ったら身体が勝手に動いたのだ。


「あ、あの! そのですね! これはその、違うんです!」


 アドラは慌てた。

 人生でこれ以上ないというほどに慌てふためいた。

 こうして密着しているとマシュマロのように柔らかい肌の感触と体温が伝わってきてダメだいけないと思いつつも興奮を抑えきれない。髪からほのかに香る甘い柑橘系の匂いがさらにアドラを惑わせる。


「ええっとですね! おれがいいたいことは、あの……そう! あれです!」


 すぐに離れなければいけないと思うのだが、怒って自分の許を去ってしまうのではないかと思うと怖くて離せない。色んな感情が渦巻き頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 すっかり混乱してわけのわからなくなったアドラは、本能に身を任せとんでもない事を口走った。



「オルガンさん! おれと結婚してくださいっ!!!」



 言ってから激しく後悔したが一度吐き出した言葉はもう戻ってこない。

 突然の告白に呆然とするオルガンに聞かれてもいないのに理由をまくしたてる。


「だっておれが婚約するって話になってからオルガンさん急に冷たくなったじゃないですか! おれの自惚れじゃなかったら、オルガンさんも少しはおれに好意を持ってくれてるって思ったわけですよ! せっかく仲良くなれたのに、こんなことで距離を取られるようになるってすごく嫌ですし、だったらいっそのこと結婚して一緒に暮らせればって思ったんですよ! でも不埒にも後ろから抱きついて急にこんな身勝手なこと口走るなんて男として恥ずかしいしオルガンさんにもご迷惑だと思うので諦めます……」

「なんでそこで急にトーンダウンするのよ! もうちょっと粘りなさいよぉ!」


 力なく腕を降ろして解放するとオルガンに怒鳴られた。

 独りで勝手にヒートアップして長々としゃべっている内に自分の中で結論を出してしまうところは悲しいかな、あれほど忌み嫌い倒すと誓った兄にそっくりだった。


「で……その話、本気にしていいのかしら?」

「いや! 今のはちょっとテンパっててつい出ちゃった台詞といいますか! みんなのことを考えようって考えてた矢先に、オルガンさんの都合も考えないで感情任せに口にしちゃって、もしも不愉快なようであれば撤回いたしますのでお忘れいただいても――」

「本気にしていいのかどうかって聞いてるのっ!!」

「あっはい。めちゃくちゃ本気です」


 アドラは何度もうなづいた。

 血迷った発言ではあったが間違いなく本心から出たものだ。

 他の妻たちにはもうしわけなく思うものの、叶うことなら生涯を共にしてもらいたい。


「いいわよ結婚。断る理由ないし」


 オルガンはアドラの求婚をあっさり承諾した。

 自分で言っておいて何だがそんなに簡単に決めてしまっていいのだろうか。


「ソロネ王の第四婦人――悪くない地位だわ。前にもいったけどあたし、ソロネに別荘が欲しかったの。聖王は前向きに検討するといってくれたけど、あたしは正直厳しいだろうと踏んでいた。でもあなたの妻になればそれが一気に現実味を帯びてくる」


 実にオルガンらしい功利主義に基づく判断だった。

 周囲からは政略結婚に思われるかもしれないがそれでも構わない。

 そういう打算的なところも含めてアドラはオルガンのことを好きになっていた。


「あたしの自由を束縛しないことが絶対条件だけど、それで構わないかしら?」

「ぜんぜん構いませんっ! ありがとうございますっっ!!」


 アドラは大喜びでオルガンに何度も感謝する。

 主義主張もへったくれもなくノリと勢いでつい婚約してしまい、今後ものすごく大変な事態が起きそうではあるものの、不思議と今は気にならなかった。


「名残惜しいですが時間が押しています。そろそろ失礼します!」

「ええ。どうかご武運を」


 本当はずっとここに居たかったが、さすがにそれは状況が許してくれない。

 アドラは嬉しさのあまりスキップしながら工房を去っていった。


 ――まるで何者かに操られたかのような告白劇だったなぁ。


 アドラは一瞬だけそう思ったが、すぐに頭から振り払い思考を停止させる。

 ネガティヴ思考は自分の悪い癖。仮にそうだったとしても今この瞬間が幸せならそれでいいじゃん。はっはっはっ!


「……」


 オルガンはアドラが去るとすぐに工房の入り口の鍵を閉め、防音魔術が正常に機能していることを何度も確認する。

 そして何度も何度も深呼吸して逸る気持ちを落ち着かせる。


「……もう行ったわよね?」


 アドラが工房から十分に離れたであろうと確信すると、オルガンは両手で顔を覆いその場でゴロゴロと転げ回った。



「きゃ――――――――っ!! とうとうアドラちゃんに告白してもらっちゃったあああああああああああああぁ――――っ!! どぉぉぉ――しよぉぉぉ――――っ! すごく嬉しいいいいいいいいいいいいぃぃぃ――――っ!! あたしもあなたのこと愛してるうううううぅぅ――――っっ!!!」



 少しそっけなくしつつも、しっかり尽くしてあわよくば向こうから告白を――などと日々夢想していた彼女だったが、こんなにも作戦が完璧に成功するとはさすがに思っていなかった。


 正直なんでこんなに上手くいったのかわからない。

 アドラの性格を考えればこれ以上の重婚は忌避するはずなのに。

 まさかとは思うけど……。



『我が名は 《勝利の剣》 。貴女に勝利をもたらすものだ』



 アドラの腰に収まった勝利の剣は、声なき声で誰に聞かれることなく独りごちた。


 希代の天才魔導師オルガン・ストラトヴァリウスの最高傑作――近未来予測誘導型自立式魔導兵器 《勝利の剣》 が最初にもたらした『勝利』は、造り手である彼女自身であったとさ。めでたしめでたし。

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