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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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ルーファスの青春

 最下層地域スラム

 そんな風に呼ばれる名もなき土地が魔界には幾つも点在している。


 サタンの 《抹殺の悪威》 によって蹂躙された地域は、運良くその形を残そうとも汚染は免れない。

 大気は濃い障気に包まれ、大地は作物のまともに育たぬ死の大地と化す。

 そのような土地は魔界の民から放棄され、スラムとひとくくりにされ地図上から抹消される。


 だが生命は強い。

 そのような土地でもしぶとく生き続ける者たちがいる。

 新天地を求めて辺獄リンボから這い出てきたゴブリン種は、その代表的な種族といえるだろう。


 スラムの一画に住む若いゴブリンの少年は、醜い異形ではなく人の形をしていた。

 ゴブリンとは似ても似つかぬ長身痩躯の色男だ。唯一ゴブリンの証明になりうる小さな角は髪をオールバックにすることにより隠していた。上級魔族ひとのフリをしているほうが何かと都合がいいからだ。


 少年は大きな岩に腰を下ろしマンドラゴラをかじりながら、相棒の帰りを今か今かと待ち続けていた。


「おーいルーファス! どうにか生きて帰ってこれたぞーっ!」


 嬉しそうに手を振りながら戻ってきたのは彼の相棒。ガーゴイル種の青年だ。


 ある翼竜種が劣悪な環境に適応するために皮膚を石化させた姿といわれている。

 敵対種族に追われスラムに逃げ込み、サタンの傘下にも加われないようなドラゴン種の落ちこぼれだが、それ故に討伐されずに現在も生き長らえているともいえた。


「ネウロイ! 首尾はどうだ!」


 ルーファスと呼ばれた少年の問いかけに、ガーゴイル種の青年――ディザスター・ネウロイは親指を力強く立てて応える。


「人狼族との会談の席。見事穫ってきたぜ!」


 ネウロイがもたらした吉報に、ルーファスは満面の笑みを浮かべた。


「本当に大した奴だなおまえは! さすがは魔界一の知恵者!」

「喜ぶのはまだ早いぞ。あくまで席を設けてもらえただけだ。ここから先はおまえの仕事だ。どうにかオウロウ様を説得してご助力をいただくんだ!」

「わかってるって。まあ大船に乗った気でいろよ!」


 大笑いしながら二人はハイタッチをかわす。

 それはサタンの悪意により停滞しきった魔界の歴史が動きだす瞬間だった。


「頼むぜルーファス。人狼族の説得が成功すれば反乱軍おれらの戦力は劇的に向上する。そしたら上層に討って出られる。上層に生活圏を確保できたらクソまずいマンドラゴラをかじって餓えをしのぐ生活からもおさらばだ」

「おいおいネウロイ、そんな志の低いことをいっててどうすんだ。男だったらもっと上を目指さねえと」

「それもそうだな。だったらおれをこんな目にあわせた憎き王族どもを根絶やしにして、次の魔王にでもなってやるとするか」

「調子が出てきたな。だがまだまだ。もっともっと上があるだろう?」

「おいおい、それってつまり――」


 ルーファスは天を指さして高らかに宣言する。



「世界征服だ!!!」



 魔界を征し、地上を征し、天下を統一する。

 それは野望と呼ぶにはあまりに大きすぎる絵空事。

 だがそれを聞いたネウロイは嬉しそうに口元を緩めた。


「おまえにできるのかよ。地上は魔界なんかよりはるかに広大だぞ」

「おれひとりじゃあ無理だ。とてもじゃないが手に余る」

「なんだよ弱気だな。さっきまでの威勢はどうした」

「だが二人ならきっとできるさ。おれの魔力ちからとおまえの知略あたまで!」


 ルーファスが拳を前に突き出す。


「どこまで本気か知らねぇけど……最後まで見届けてやるよ!」


 ネウロイもそれに応じて拳を突き出す。

 二人の拳が軽くコツンとぶつかり合った。

 男と女が口づけにより永遠の愛を誓うように男と男は拳で友情を誓う。

 この誓いもまた永久とわに続くと、そう信じて疑ってはいなかった。


「さあ行こう! 新しい冒険の始まりだ!」


 ルーファスは岩から飛び降りるとネウロイを供にして、どこまでも続く荒れ果てた地を力強く歩き始めた。



 ルーファス・カタストロフ、2525歳。その黄金の青春。

 若き日の彼は何も持たない代わりに夢と希望に満ち溢れていた。


 神より与えられたこの見えざる魔力を、相棒のネウロイが導いてくれれば、何だってできる。どこまでも行ける。何者にもなれる。


 そう信じて疑っていなかった。

 それは半分は正しく、半分は間違っていた。



 そして月日は流れ数千年後――ルーファスは惰眠を貪る王族を打倒し、混沌とした魔界を統一し真の魔王となる。



 彼の夢は叶ったのだ。



 だがその先に待ち受けていたのは決して希望溢れる未来などではなかった。

 結局のところ彼は、彼の望むようなものにはなれなかった。

 なれるはずもなかった。



 ――なあネウロイ。おれは、ホントはな、



 持って生まれた宿命は神以外の何者にも変えられない。

 ルーファスもまた運命の荒波に飲まれ沈みゆく船の乗員の一人にすぎなかった。



 ――おまえと一緒にバカがやれたら、それだけで良かったんだ。



 だけど、それでも夢だけは捨てられない。

 たとえ何もかも失い朽ち果てようとも夢だけは叶えたい。

 その夢が望む形ではなかったとしても自分が生きた証にはなるから。


 前人未踏の世界征服を成し遂げた大魔王として、良きにせよ悪しきにせよ、世界中の人々の記憶に深く刻み込まれるだろうから。

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