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四天王アドラの憂鬱~黒き邪竜と優しい死神~  作者: 飼育係
第3章 死神と邪竜 Death and Evil Dragon
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喪失

 互いの拳がぶつかりあい、強力な魔力場が発生する。

 だがそれも一瞬だけの事。すぐさま相殺され虚無へと戻る。

 わずかに残った衝撃波によって互いに後ずさるが当然無傷。


 ファーストコンタクトは――――互角!


「サーニャさんから見てこの勝負、ガイアスさんに勝機はあると思う?」

「うーん、ちょっとわかんないですデス。ジャラハさんの実力は未知数すぎデス」


 部下には退避命令を出したため場に残っているのは三名だけ。

 アドラとサーニャ、後なぜかロドリゲスも残っていた。


「ロドリゲスさんも逃げたほうがいいですよ。ここから先はたぶん洒落にならない事態になる」

「いえ、自分は残ります。王を守るのが臣下の務めですので」

「自分の身は自分で守れますよ。それに言葉が悪くてもうしわけないですが、あの化け物どもの前ではロドリゲスさんはあまりに無力です。シゲンくんにもいいましたけど地上は魔界とは次元レベルが違うんです」

「重々承知しておりますがそれでも残ります。どうぞ遠慮なく肉壁にしてください」


 ロドリゲスの忠誠心にアドラは深く感動していた。

 偉くなったわりには色んなところから軽んじられているのでなおさら身にしみる。

 彼のことは今後も大事に扱っていこうと心に誓う。


 そんな会話をしている間にも、地上最強の魔物たちの狂宴は激しさを増していた。


 最初は距離を取って中間距離から拳を差し合っていたのだが、次第に膠着状態に飽きてきたのか突然足を止め、互いにオープンスタンスで対峙する。


 息がかかりそうなほどの至近距離でガイアスとジャラハが激しくにらみ合う。

 だが動きが止まったのはわずかな間だけ。


 一拍置いて、静から動へ――まるで堰を切ったかのように拳の嵐が飛び交った。


 その一撃一撃が地を裂き山を砕くほどの魔力塊。

 だが完全に相殺しあっているため周囲に影響はほとんどない。

 達人同士の闘いは戦闘の規模が小さくなるというエリの言葉は真実ということか。

 いや、だがまだ油断はできない。


「おらぁっ!!」


 ガイアス渾身の正拳をジャラハが腕を鞭のようにしならせて弾く。

 それと同時に放ったジャラハの手刀をガイアスは残った腕ではたき落とす。

 弾かれた腕をすぐさま戻しジャラハの髪を掴むと、もう片方の腕も使って頭部を完全に固定してから顔面めがけて膝蹴りの雨あられ。

 だがジャラハは微塵の動揺も見せない。放たれた膝をすべて冷静に掌で受けきると、わずかな隙をついてガイアスのわき腹に肘鉄を打ち込んだ。


「くっ……!」


 ガイアスは苦悶の表情を浮かべつつも、頭のロックを外して距離を取ろうとするジャラハの顔面めがけて回し蹴りを放つ。

 ジャラハはそれを深く地に伏せることにより回避した。

 そしてそのまま地を這うようにして距離をあける。


 その様はまるで蛇のよう――いや、蛇人なので実際に蛇なわけだが。


「なるほど手強い。ヴァイスが敵わないわけだ」


 スーツの汚れを払いながら、ジャラハが首をコキコキと鳴らす。

 その表情からはまだまだ余裕が伺えた。


「だがおれが見たいのは体術ではなく魔術なのでな」


 ジャラハは腕を上げて掌を太陽へと向ける。


「少し強めに行く。受け止めてみせろ、フェンリル種をも凌駕するというその魔術で」


 言葉と同時に、明るすぎてまぶしいほどだった訓練所が突如暗くなった。

 アドラが見上げると陽光を遮ったモノの正体はすぐにわかる。



 するすると伸びたジャラハの腕が馬鹿でかい魔蛇と化し、頭上からこちらを値踏みするかのように見下ろしていた。



 その体躯の巨大でかさはヴァイスの軽く数倍以上。

 ドラゴン種以外にこれほど大きなサイズの生物を見るのはアドラにとって初めて……というか、ここまででかい爬虫類はもはやドラゴンそのものだ。


惑星ほし落とし」


 圧倒的な質量を誇る蛇頭が、頭上からガイアスめがけて降り注ぐ。



 ――た、た、た、待避ぃぃぃぃっ!!!



 アドラは盾になろうとしたロドリゲスの巨体を背後から軽々と持ち上げて一緒に後ろへと跳ぶ。

 それと同時に激しい爆風が襲いかかってきた。



 ――ほげええええええええええええええぇッッ!!



 シルヴェンの神雷をも上回る凄まじい破壊力。

 それなりに広かった訓練所が跡形もなく消滅する。

 達人同士の闘いは規模が云々とかいう話はどこに消えた!?


「ジャラハ様! はしゃぐのも結構ですが、もう少し手心をですね……ッ!」


 いいかけたアドラの言葉を遮ったのはガイアスだ。

 アドラと同じく後方に跳んで避けるという判断を下したガイアスの身体が、土煙を切り裂いて現れた。


「ガイアスさん! ご無事でしたか!」

「悪いが悠長に会話している余裕はない。すぐに『次』が来るぞ」


 ガイアスの言葉通り、ジャラハはすぐさまガイアスを追ってきた。

 魔蛇が鎌首をもたげガイアスを喰らうべく口を大きく開ける。



 ――待避! 待避っ! 待避ぃぃぃっ!!



 アドラは気絶したロドリゲスをサーニャに投げ渡し、今度は左側に跳んだ。

 同時にガイアスは右側へと跳ぶ。



 一瞬間を置いてその隙間を通り過ぎた魔蛇の一撃は、今度はイザーク城の城壁に突き刺さった。



 軽々と城壁をぶち抜ぬいた大蛇は、勢いそのまま再び天へと昇り、上空より索敵しガイアスの姿を視認すると煙のように消え去った。

 蛇身を本体へと戻したのだ。


「機敏だな。魔狼に成らずは正解か」

「まあな。そっちは何かと便利そうでうらやましいわ」


 ジャラハとガイアス。

 両雄再び合いまみえる。

 二人にとっては挨拶代わりの一瞬の攻防。

 だがそれにより失ったものはあまりに大きい。



「おれの城がああああああああああああああああああぁっ!!!」



 ジャラハによって無茶苦茶にされたイザーク城を目の当たりにしてアドラは号泣した。

 あらかじめ覚悟はしていたものの、いざ現実になると反乱軍に焼かれたマイホームのことを思い出してやっぱりつらいのだ。

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