別に崇め奉って欲しいとかそんな風に思っているわけじゃない。だけどおれも男で家長だしいちおう立場的には王なわけじゃない。だったら最低限の敬意ぐらいはあってもいいと思うんですよ。おれのことをハブったり軽ん
イザーク城の会議室にてネウロイとガイアスは緊急作戦会議を開いていた。
ソロネとの同盟は成った。
しかしそれをどう生かすかは彼らの手腕にかかっている。
武力を背景にただ脅すだけでは何も解決しないのだ。
「それにしてもガイアス……こうしておまえと腰を据えて会話をするのはひさしぶりではないかな」
「ひさしぶりっつうか初めてじゃねぇのか。てめえは面を合わせる度にこっちを小馬鹿にしたような態度をとってまともに取り合わなかったじゃねぇか」
ガイアスが吐き捨てるとネウロイは大きく肩をすくめる。
「それはしかたあるまい。わしが惚れこんで同盟を結んだのはオウロウ殿だ。それが突然引退しておまえみたいな粗野で野蛮な若造が長になるとは……未だに納得がいかん」
「なんだとぉ……といいたいが、それについてはおれも同感だわ。まだまだやれるだろって何度もいったんだがな。おれはこういうの苦手だっつうのに」
一見水と油に見える二人だが、オウロウという偉大な人狼への敬意は同じ。
尊敬する人物が同じなら解りあえる。
無論きちんと話し合えばの話だが。
それができるようになったのは二人の成長といっていいだろう。
「まっ、自分が元気なうちに若手を育成したかったのかもしれんな。だったらわしも面倒臭がらずに色々と教えてやるか」
「最初からそういう態度でいりゃ俺も暴れずに済んだんだけどな」
「その程度のことで暴れるなこのバカたれが。おまえがまず覚えるべきは我慢だわ」
「……もう十分覚えたよ。このソロネ旅行でな」
過去の確執を乗り越えて、二人がそれなりにいい感じになっていると、アドラがやけに疲れた顔で入室してきた。
「作戦会議するなら一言いってくださいよぉ。仲間外れにしないでくださいよぉ」
ネウロイとガイアスは顔を見合わせた。
少し話し合った結果、ネウロイが代表して話すことになったようだ。
「おまえには聖王たちの相手という大事な仕事があるだろ」
「それ仕事じゃなくてただのお守りじゃないですか」
聖王の長期滞在が決定したことにより彼女たちを接待する者が必要となる。
その役目を担えるのはアドラしかいない――というのは確かにその通りなのだが。
「お守りは酷いだろう。仮にも婚約者相手に」
「だったら今のおれの状況を説明する適切な用語を教えてくださいよ。毎日毎日城内で女性二人に振り回されて何の政務もこなせていないこの現状を!」
「んな大げさな。聖王滞在からまだ二日しか経ってない」
「十分な時間です! おれ、これでもルガウ王ですよ。国の一大事に関われないってどういうことですか!」
「そう心配せんでも通常会議には呼ぶわ」
「ソロネに行く前は一緒に事前会議してたじゃないですか! それがガイアスさんが来た途端に呼ばなくなるなんて……酷いですよネウロイさん! おれとは遊びだったんですか!?」
「人聞きの悪いこというな。そっちの気がある魔族だと思われるぞ」
四天王アドラの憂鬱はもちろん規制いっさいなしの全年齢対象。
同性同士のいかがわしいシーンは一切ないから良い子のみんなも安心して読んでね。
「それでどこまで会議を進めたんですか。ズバリ魔界からの定期連絡を利用していきなりネタバラししてルーファス様を脅迫ってところでしょう。当たってますよね」
「アホか。ここが誰の領土だと思っとる。直属の部下の密告でこちらの動向なんぞすでに向こうにだだ漏れだわい」
「だったら島の警備をガチガチに固めるべきですね。聖騎士団との交渉ならおれに任せてくださいよ」
「だから聖王のご機嫌を取っておけとさっきからいっとるわけだが……なんだおまえ、ソロネから帰ってきてから妙にやる気があるな」
正確にはやる気があるわけではなく仕事で気を紛らわせたいだけである。
ステンノとの関係は冷えきり新しくできた婚約者二人はケンカばかり。叱りたくともどちらも世界有数の権力者だから機嫌を損ねられない。
閻魔の子でありメノス家当主であり魔王軍四天王であり魔軍総司令でありルガウ王でありソロネ王であり真の勇者であり次代の英雄だが、家族カーストは最底辺である。
その他諸々の事情も相まって、アドラはもはや仕事に逃げるしかなかったのだ。
「今のおれには仕事しか、仕事しかないんです……っ!」
「わかったからさっさと聖王のとこに戻れ」
アドラの悲痛な告白はネウロイに一蹴された。
夫婦喧嘩は犬も食わない。
たぶんそんな風に思われている。
――どうしてこんなことに。
アドラは頭を抱えた。
今年に入ってからもう何度目だろうか。
このペースだと歴代記録を更新するのは間違いない。
ハーレムを作りたくさんの女を侍らせていた祖父ヴェルバーゼのことをアドラは快く思っていなかった。
逆に形の上では政略結婚だったとはいえ一人の女性を心から愛する父トマルのことを尊敬していた。
将来は父のような魔族になると心に決めていたはずだった。
だが今のアドラはどう考えても嫌悪する祖父側に寄ってきている。
祖父も第六天魔王だの炎滅帝だの肩書きだけは無駄に大層で、そういうところもアドラの現状とよく似ていた。
もっとも祖父は自信家で女の尻に敷かれるようなことはなかったが。
似てて欲しいところだけはまるで似ていない。
「大変です。ルガウ王!」
軽くへこんでいると今度はシゲンが血相を変えて飛び込んできた。
呼ばれたと思ってアドラが振り向く。しかしシゲンは彼をスルーしてネウロイの座る円卓に向かった。
「ルガウ王! 我が国の領内に不審な船団が――っ!」
「違う違う。ルガウ王はそっち」
ネウロイがアドラを指さすがシゲンはそれをあえて無視した。
いくらなんでもそれは酷くない?
「この島はすでにネウロイ様が乗っ取ったんじゃないのですか?」
「誰が乗っ取るかこのバカたれ。本人がいるんだから王に直接報告しろ」
ネウロイに諭されるとシゲンは舌打ちしながら渋々アドラの方に向き直る。
「正体不明の船団が領内に侵犯してきた。今すぐ迎撃に向かうぞ」
「それはいいんですけど、なんでシゲンくんがそれを決めるんですか。いちおうおれが王なんですから、まずおれの判断を仰ぐべきなのでは……」
「うるさいな。行くのか行かないのかどっちだ!」
「あっはい。行きます、行かせてもらいます」
アドラはいわれるがままにシゲンに従い自身の所有する船へと向かった。
念願の仕事である。
だが――何かが、何かがおかしい。
肝心の仕事ですら誰かの尻に敷かれている。そんな気がしてならないのだ。
逃げ込んだ先にもまた苦難が待っているというのは往々にしてあるものだ。




