シュメイトク遠征③
週に一度シュメイクの市場で行われるサバトには多くのアウトローが集まる。
サバトの主催は黒羊会。
表向きは食肉産業の組合活動の一貫だがその実、反魔王軍の決起集会だともっぱらの噂だった。
薄暗い部屋に怪しく輝くミラーボウル。
ガラスのテーブルに並ぶ怪しい酒とヤモリのつまみ。
参加する人々は皆動物の仮面をつけて下着も同然の格好をしている。
およそシュメイクらしくない品性下劣さにアドラは手で顔を覆った。
(ホントにこんな場所にフォメくんが来るのかな?)
ソファに腰を沈めて安酒をちびちびと飲みながらアドラは周囲に気を配る。
今夜フォメットがこのサバトに参加するという情報を得たため張っているのだ。
周囲に同化するため顔にはパピヨンのマスク。
服は普段着だが元より奇天烈な出で立ちのため誰も気にも留めない。
(どうにも彼のイメージに合わないんだよねぇ)
アドラの記憶にあるフォメットは礼儀正しく真面目な優等生だった。
ガリ勉でちょっとオタク気質だったようにも思える。
それ故に気が合いよくつるんでいたのだが。
そんな彼がこのような宴を開くとはちょっと考えられなかった。
しかし現実は非情である。
アドラの前に現れた親友は、見るも無惨な姿に変わり果てていた。
「Foooooooooooooooooooooooooooo!!!」
モジャモジャのアフロヘアー。
星形のサングラス。
ラメの入ったバンド付きの革ズボン。
上には何も着ていない。半裸だ。
一瞬「誰だおまえは」となったが頭部に生えた大きな羊の角は、間違いなくアスフォルグ家が誇る真黒の魔角だった。
フォメット・ゴゥト・アスフォルグ。
アドラの親友にしてシュメイクでも有数の名家の一人息子。
格好はアレだが中身は変わってはいないはず。
犯罪に関わっていないと信じたい――
「ゴキゲンヨーッ! 今日も元気に魔王軍ディスってこーぜ!」
――と思っていた矢先、フォメットはビブラートのかかった美声でトンデモないことを口走っていた。
駐留している魔王軍にでも聞かれたら一大事だ。
アドラは大慌てで止めに入る。
「おおっ! 懐かしいな我が親友よ! 会えて嬉しいZo!」
ひさしぶりの再会でアドラも嬉しいのだが今は旧交を温めている場合ではない。
アドラはフォメットに反乱軍への関与を問い質す。
「だってアイツらウゼーじゃん」
フォメットはあっさり罪を白状した。
情報通り黒羊会の名義で反乱軍をガッツリ支援しているそうだ。
反乱軍への支援活動は重罪。
最悪御家取り潰しまであり得る。
しかし口振りからしてそもそも罪を罪と思っていない様子だった。
シュメイトクの民からすればむしろ真っ当な感覚なのかもしれない。
だがそれでも罪は罪。
アドラは血を吐く思いでフォメットに罪状を告げた。
「なんでだYo! 魔王軍なんてみんなでやっつけちまおうZe! オレっちとおまえが組めばば最強無敵! 誰にも負けねぇYo!」
おれたちはシュメイトク最高のナイスコンビ。
そういって笑いあっていたはるか昔。幼き日の思い出。
しかしアドラは沈痛な面もちで首を振る。
「魔王軍は強大だよ。どう逆立ちしても勝てる相手じゃない。一矢報いることもできずに皆殺しにされるのがオチさ」
これ以上会話を続けてもつらいだけと判断したアドラは、潜伏していた家臣に命じてフォメットを連行する。
「フォメくん……賢明な君がどうしてこんな馬鹿な真似を……」
「おいおい、オレっちがこうなったのは、そもそもおまえの影響なんだZe」
ああそうか、そういうことか。
思い当たる節がありすぎて乾いた笑みが浮かぶ。
1000年前――突然「創造王におれはなる!」と叫んで家を飛び出したアドラの姿は、当時のフォメットから見れば最高にロックだったに違いない。
当の本人は飛び出した瞬間「やっちまった」と激しく後悔したなんちゃってロッカーだったわけだが。
「ごめん。おれは君が憧れてるようなロックなイケメンにはなれなかった」
「……あんまり幻滅させんなよ。マイブラザー」
フォメットに煽られても火のひとつも付かない。
本当にどうしようもない小心者の屑だ。
アドラは自嘲する。
偉大なクリエイターになって故郷に錦を飾るアドラの夢。
実際に帰ってしたことは魔王の狗として親友を摘発して失っただけ。
おれは何をやってるんだ。
おれは何がしたいんだ。
数え切れないほど悔やんだが何も変わらない。変われない。
どれほどの力を持っていようとアドラは波間にたゆたう笹の舟にすぎなかった。




