魔王との出会い
燃え尽きてすでに原型を留めていない建築物のなれの果て。
黒炭と化してなお強い熱を持ち燻り続ける。
危険。故に避難しなければならないのだが――しかし、その魔族の男はどうしてもその場を離れることができなかった。
柳のように細い身体を孔雀の羽を模したロングコートですっぽりと包んでいる。
背中まで届く長さの美しいブロンドヘア。
鼻筋の通った、しかしどこかあか抜けていない顔立ち。
切れ長の双眸はオッドアイ。焔より朱い左瞳。海よりも碧い右瞳。
道を歩けば誰もが振り向くであろう眉目秀麗な美男子の顔が、今は見るも無惨に歪んでいた。
「どうしてこんなことに……」
魔族の名はアドラ・メノス。
辺境にある小さな村ボルドイで仕立て屋を営む青年だ。
洋服のデザインが趣味で常に流行の一歩先行くものを目指している。もちろん彼の着ているコートも自作だ。
ちなみに新婚ほやほや。
それで調子に乗って新居を建てた。
奮発して魔都から有名な建築家を招いて3500年ローンを組んで。
そうしてできた新居は三日で消し炭になった。
反乱軍の侵略行為に巻き込まれて。
生命は助かったものの新居も店も失った。残ったものは莫大な借金だけ。
アドラは途方に暮れてその場に立ち尽くすしかなかった。
そんな彼に人生の転機が訪れる。
「その面妖な格好。貴様がアドラ・メノスだな」
避難所に戻ろうとしたアドラに声をかける魔族がいた。
黒馬に乗った大柄の男。
豪奢な黄金の鎧を着ているのが印象に強い。
腰には二尺三寸の刀を携えている。
年齢は6000歳前後といったところだろうか。
髪にはすでに白髪が混じり、顔の皺も目立つが、鍛えあげられた肉体と異様にギラつく眼のせいで年寄りという印象はまるでない。
アドラはその初老の男を見たとたん恐れおののき平服した。
たとえ辺境であろうと彼の顔を知らぬ者はいない。
ルーファス・カタストロフ。
現在魔界の9割を統べる時代の覇者。
魔王と呼ぶべき存在。
「噂に違わぬ恐るべき魔力。村ひとつ壊滅させることなど造作もないか」
なぜかルーファスはアドラが村を滅ぼした張本人だと勘違いしているようだった。
小さな村のしがない仕立て屋にそのような大それたことができるはずもない。
アドラは必死に誤解を解こうとしたが、黒い鎧で身を包んだ屈強な騎士たちに囲まれて言葉を飲み込んでしまう。
「その力、ぞんぶんに振るえる場所を与えてやる」
生来気の弱いアドラは魔王の放つ強烈なオーラに負けた。
弁明のひとつもできず、ただ命じられるまま用意した馬車に乗ってしまう。
こうしてアドラは魔都キョウエンまで強制移送されることになった。
「とんでもない事態になってしまった……」
馬車の中でアドラは頭を抱える。
自分はこれからどうなるのだろうか。
ただでさえ自宅が全焼して絶望的なのに、勘違いで拉致されて、投獄されるか奴隷になるか――考えるだけで気が滅入る。
だが時間が経ち心に余裕ができてくると、
「……逆にこれはチャンス到来なのでは?」
そんな風に思い直す。
どうにか魔王の誤解を解いて無罪放免となれば、説得次第では市民権を得てそのまま魔都への在住も可能だろうと踏んだのだ。
年に一度、魔都で行われるファッションショーに自らのデザインした服を出品するのがアドラのひそかな野望。
都暮らし自体は望むところである。
もしかしたらこれは女神の啓示なのかもしれない。
『アドラよ、初心を思い出しなさい。
こんな片田舎でくすぶってないでもっとビッグなクリエイターになるのです』
そんな声が聞こえたような、聞こえなかったような……。
何はともあれ、このような状況に陥った以上やるしかない。
どれだけ泣き喚いても借金はなくならないのだから。
「どうせ店も実家も燃えてなくなったんだ。失うものなんて何もない。魔都でまた一から始めよう」
希望を胸に再起を決意するアドラ。
しかしそれが淡い希望だと気づくのにそう長い時間はかからなかった。
アドラ・メノスの長い長い憂鬱の日々の始まりである。
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