第九十八話 閉鎖された炭鉱で
Oさんは廃墟探訪が趣味だという。
このときは九州にある、役目を終えて閉鎖された炭鉱の跡地を1人で巡っていた。本人によると軍艦島ではないそうである。
炭鉱員が暮らしていたとされる住宅群や、倉庫を歩いて見て回る。
Oさんは自らが後で見返すために撮影しながら歩くことにした。
老朽化が進み、コンクリートの壁が剥がれ落ちそうだ。
建物の内部も床が崩れ、外から入ってきたのか雑草が侵食してきている。
「ふうむ……」
おおむねOさんの期待通りの光景である。周囲に人もおらず、風とOさんの歩く足音だけが響く。
建物のドアはいくつか半開きになり、ガラス窓が剥がれて雨風が入り放題だ。
天気はいいのにどこか肌寒さを感じる。風が建物の中を吹き抜けていく。
「ん?」
Oさんは間違いなく1人で来ていた。廃墟探訪を行う人は他にもいるだろうが、このときは他に誰かを見かけたわけではない。
しかし、誰か他にも歩いている人がいる気がする。
音がしたように思えるのも、気配を感じるのも風のためか。空気の流れがそのように感じさせているのか。
「いや、俺一人のはずだ」
建物に沿って周囲を回ろうとする。行く手を阻む木の枝を手でどけて先を急ぐ。
以前に来た者が書いたらしきスプレーの落書きを見て、少し冷静になる。考えすぎだ。
持ち込まれたものなのか、割れたビール瓶の破片が散乱していた。
あえてゆっくりと靴で踏んでみる。自分の足音しかしない。当然だ。何かいるにしても、もしかしたらこのあたりの動物がここに住み着いているというだけかもしれなかった。
廃墟を見て回ったときには、わずかな違和感のみがあった。
Oさんが決定的におかしいと感じたのは、帰って撮影した映像を観たときである。
「なんだ、この黒いのは」
映し出される廃墟の建物、柵、階段。そこに地面を移動していく黒い何かが映り込む。
形はいびつで、球体ではないように思われた。
風でゴミが飛ばされて映り込んだのかとOさんは思ったが、何カ所にも出現することと、建物内部の床の上にも現れていたことで、何かあると感じた。
映像中の該当の黒い物体を拡大する。
「これ、靴だよな……」
映っていた黒いものとは、一揃えの靴だった。
革靴ではなく、それよりも一回り大きい作業靴がOさんの頭によぎる。
それが床をズズッと這うように動いたり、コロッと転がるように画面の前を横切っているのである。
「劣悪な作業環境で命を落とした人がいたのかはわかりませんが、炭鉱の過去と関係がありそうだとは思います」
Oさんは言う。人の霊ではなく靴が現れるというのは不可解だという認識だそうだ。
あの靴は今も、廃炭鉱の中を密かにさまよい続けているのだろうか。




