第九十五話 床が青色に染まる
アパート暮らしのHさんが、夜に家の風呂に入っていたときのこと。
日々の疲れを癒やすには、やはり湯船に入るのがよい。シャワーだけでは取れない疲れというものがある。
「ふうあああ~~っ」
湯船に肩まで浸かりながら、Hさんはその日一日のことを考えていた。
そこそこ長い時間湯船に入っているため、少しボーッとしてくる。
ふと彼が浴槽の外の床に目をやると、どこか不思議な感じがした。普段見ている風呂場の景色と、何かが違うのである。
「あれ、青い?」
白っぽい色のはずだった床だが、そこになぜか青色が混じっているように見える。
そして、どんどんと薄い青色に染まっていく。
「ん、目が疲れてるのかな」
Hさんは目元を手でこするが、やはり変わらない。
しばし瞬きをしたのちに、この青色は何かの液体が落ちてきているのだと気づいた。
風呂場の天井を見る。
「えっ?」
人の形をした、青い何かがそこにいた。
髪の毛らしき束は白く、体の部分は緑がかった青色をしていた。両生類のように天井にへばりついている。小型犬ぐらいの大きさだが、形は人。こんな生き物は知らない。
その何かから青い液体がしたたり落ち、風呂場の床に落ちていたのだ。
ポタン、ポタン。
また一滴が落ちる。Hさんはその行く末を目で追ってしまった。
床に青い雫が跳ねた。
「妖怪? エイリアン?」
いまいち現実感がない。Hさんが再び天井を見上げたときには、青い何かは姿を消していた。
どこから入ってきたのかもわからない。天井にも青い色が付いているということもない。
「幻覚だったのかな?」
ザバッ。湯船から立ち上がるHさん。その拍子にお湯が流れ出た。
床に落ちたばかりと思しき青い雫が浴槽から溢れたお湯に混じり、排水溝へと流れていった。
Hさんはその後も同じアパートで暮らし続けているが、あれに遭遇したのはこのとき限りだったという。




