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第八十九話 そこにいた誰か

 Eさんが入社して3年目の頃にあった話をしてくれた。


 新人ではないがまだまだ若手で、雑用のようなことも頼まれたりするが断れるほど立場が上でもない。

 この日は古い書類の整理のために倉庫で段ボールを動かし、中を改めて不必要な書類を一箇所に固めておくよう先輩から指示を受けた。


「他の仕事はいいから、今日はそれだけやるようにと言われていました」


 倉庫というのは会社内のある一室で、皆が働いているオフィスからは離れた場所にあった。

 そこはもともとは事務室として使っていたそうだが、ある年から倉庫に変えたとEさんは聞いていた。


「ああ、これで半分ぐらいかな。腰が痛くなってきたよ」


 最初こそやる気を見せていたEさんだったが、徐々に疲れが出てきて体の節々も悲鳴を上げ始めていた。

 棚にある段ボールを持ち上げて下に降ろし、中の捨ててもいい書類を部屋の一角まで持って行く。

 そして中身が空いてきた段ボールに、取っておくべき書類を詰め替えてまた棚へ。空いた段ボールは捨てるためにまたまとめる。

 ドンッ、ドンッ!

 倉庫のドアが乱暴に叩かれる音がした。

 ここは用がない限りは滅多に人が来ないはずなのだが、誰だろうかとEさんは思った。


「はーい」


 とりあえずドアに向かって返事をする。しかしドアが開く様子はなかった。

 どういうことなのだろうか。自分がどこかへ逃げていないかという確認を先輩がしに来たのかとEさんは考えた。

 しばらくするとドアの音のことも忘れてEさんは再び作業に集中した。

 しかしまた音が鳴る。

 ドンッ、ドンッ!


「何か用ですか? ドアは開いてますよ」


 Eさんはドアの方に向かって呼びかけたが、返事はない。誰かが入ってくることもない。

 そうこうしているうちに昼休憩を告げるチャイムが鳴った。

 トイレも忘れて作業していたEさんはようやく一息つける。

 倉庫から出て食道で一人昼食をとっていると、古参の部長に声をかけられた。


「おお、Eくん汗だくでどうしたんだ」


 Eさんは倉庫整理のことを話し、その流れでドアを叩く音がしたことも相談した。


「あの倉庫って清掃の人でも来てるんですか。僕がいたから入ってこれなくて迷惑でしたかね」


 しかし部長は黙りこくってしまう。そして席を立ち際にこう言った。


「Eくんの上司はO課長だったな。ちょっと話しておくから」


 Eさんには何のことだかわからない。

 しかし、結局午後からは倉庫整理をしなくてよくなった。Eさんは通常勤務に戻ったのである。


「あとからO課長に聞いたのですが、あの部屋が倉庫になる前は、仕事ができない人を閑職に追いやるいわゆる追い出し部屋だったそうです」


 Eさんはこちらが驚くほどの情報を聞き出していた。


 かつて会社に選ばれてしまった3人が他の社員と関わりを持つことなくその部屋で一日過ごしていたそうだが、その中の1人が精神を病み、暇さえあれば部屋のドアをドンドンと叩くようになってしまった。

 同室の他の社員が注意してもやめることはなく、人間関係も悪化して2名が退職。これは会社の思惑に近い形だったが、問題の1人は同室内で服毒自殺を図った。

 飲んだ薬に即効性がなかったため、その1人は助けを求めるため朦朧としながらドアを叩いていたようだったが、ただでさえ部屋が離れていて音を聞く人が少ない上に、普段からの奇行もあって誰も気に留めなかった。


「結局、亡くなってしまったらしいです。僕は社内で権限がなくて社員のデータベースを調べられないんです。何という人かも知りません」


 翌日、勤務記録が無かったことで不審に思った人事部が部屋に行ったところ、遺体を発見したそうである。

 話してくれたEさんの顔は憔悴していた。


「これ、たまにあるじゃないですか。幽霊が部屋の外からノックしてるのかと思ったら部屋の中からだったっていう話。今回、それですよね」


 確かにEさんの推測通りだと考えると、幽霊が出たのは部屋の中からだと思える。

 それでもその日の仕事を無事できていたEさんだったが、やはり心にしこりが残っていたのか、今はその会社を辞めてしまったそうだ。

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