第八十八話 アートで表わされたもの
Nさんはグラフィティアートを街中に描いて過ごしている。
高架下の壁やシャッターなどにスプレーで描かれているあれだ。
だが、最近はもっぱら廃墟に行ってそこで腕を振るっているそうだ。
誰でもいつでも見られる場所に描くのもいいが、廃墟までわざわざやってくる物好きだけが見られるアートがあってもいいじゃないかという考え方だった。
この日も一人で行って、心置きなく描いてこようとNさんは考えた。
夜に車でやってきた先は、山中の潰れた旅館。
1階に元は宴会場だったので広い部屋がある。ここならば壁に描き放題だ。
最近覚えた技法をちょっと試してみようと考えた。
携帯型のライトが床に置かれ、壁周辺を照らし出す。その明かりを頼りにNさんは快調に描いていく。
ふと、隣に誰かがいる気配がした。
「わあああっ」
いつの間にか横に、山羊の頭をした人間が立っていた。
「ひいっ」
顔は山羊、上半身は裸、下半身はジーンズか。
冷静に観察する余裕もなく、Nさんはスプレー缶をその場に投げ捨てて逃げ出した。
廃墟ということはつまり心霊スポットだったのだろう。とんでもないところを描き場所に選んだものだと彼は思った。
後日、Nさんはオカルトに詳しい後輩にこの話をした。
「ということでさ、廃墟ってやっぱり化け物とか幽霊とか出るんだよ」
「うーん、ちょっとその廃旅館まで案内してもらえますか」
後輩の頼みにより、彼を連れてその廃墟に行った。
そして宴会場まで連れて行くとこう言われた。
「ここが心霊スポットだという報告や噂はネットにないんですよ。廃墟ではあるのでしょうが」
「えっ、でも、俺の隣に出てきたのは明らかに化け物だったぞ」
後輩はNさんが描いたあるアートの前に立つ。
「これですね。Nさんが描いたアート。これが悪魔を呼び出したのでしょう」
円の中に文字と記号が描かれたアートを後輩が指さした。
どうもソロモンの悪魔を呼び出す紋章を描いてしまったそうだが、Nさんはご満悦だった。
「俺のアートで悪魔を呼び出せるなんてことがわかれば、一気にメジャー化も夢じゃない」
しかしこの廃墟は未だに心霊スポットとして世間に認識されることはなかった。
Nさんは何度もこの廃旅館を訪れたが、あのときに見た化け物を再び見ることはないという。
この一見でインスピレーションを得たらしい彼は、悪魔の召喚を想起させるような模様を取り入れるようになったそうだ。ただ未だにメジャーで日の目を見ているとは聞かない。




