第七十五話 声を出せずに
会社員の女性、Kさんの話である。
同僚のAさんが突然会社に来なくなった。
上司に尋ねると、病気になってしばらく休みたいと連絡があったそうだ。
Kさんは普段一緒に昼ご飯を食べている間柄でもあったため、Aさんが療養中という自宅までお見舞いにやってきた。
「あらあら、あなたがKさん、いつもお世話になってます」
Aさんの母親が出迎えてくれた。口調は明るいが目元は暗かった。
そのままAさんの部屋まで通される。
ベッドで上半身を起こしたAさんがいた。
「あの、久しぶり、調子どう?」
「……」
Aさんは喋らないものの、こくりと頷いた。
「これ、お見舞いで買ってきた果物、お母さんにお渡ししとくね」
また頷く。
「ああ、そうだ、退屈かと思って本を持ってきたんだった」
Kさんは自分の後ろに置いていたバッグを探るため、Aさんに背を向けた。
「いいいいいいいいいいいあああああ」
異様な声が聞こえてきた。Aさんの方からである。
Kさんは振り向くと、Aさんが天井を向いて叫んでいる。
いや、Aさんではない。Aさんの喉だ。
喉にもう1つの口ができ、それが大きく開いて声を出しているのだ。
「いいいああああああいいいいいいああああああああ」
2つの絶叫が混じる。
Kさんは逃げ出したい気持ちを抑えながらAさんに近づく。
Aさんの母親はどうしているのかと不安になった。
なんとAさんは口を一生懸命に閉じようとし、憤怒の形相で歯を食いしばっている。その口から漏れ出す言葉が「いいいいい」なのだった。
一方Aさんの喉に開いた口は禍々しく「あああああ」と叫んでいる。
信じられない話かもしれないが、Kさんはこの後警察を呼ばれて事情聴取を受けることになった。
タオルをAさんの首に巻いて、絞めようとしていたところ母親を見られて通報されたのだ。
「あの口を塞ごうとしていただけなのに、大変な目に遭いました」
Aさんが筆談でKさんの無実を母親と警察に伝えたため、大事にはならなかった。
「Aさんですか? あの後会社を辞めてしまいました。SNSで連絡は取っていますが、なかなか会おうという気にはなりません」
Kさんは少し疲れた声で言った。




