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第七十二話 助けないのは

 Yさんが小学生の頃、中学生になったお兄さんと海へ遊びに行ったときのことである。

 遊泳できる期間だったが、その日は朝から雨だったため泳げるかは微妙だった。

 昼からは曇り空になり、遊べると踏んだYさんとお兄さん。他に遊びに来た人がほとんどいなくてよかったと思ったそうだ。

 人のいない海。波打ち際で浮き輪を使いながら漂ったりしていたら、沖の方で人の手のようなものが海の中から上に向かって伸びていることに気づいた。


「大変! 誰か溺れてるよ、助けに行かなきゃ」


 このとき大人が近くにいなかったため、Yさんから見て頼りになりそうなのは兄だった。


「ねえ、お兄ちゃん! 聞いてるの? あれ見てよ!」


 兄を見ると、顔が強張っている。


「早く、早く助けに行ってよ」


「いや、あれはダメだ。もう帰ろう」


 兄はそんなことを言い、Yさんの手を引いて海を出ようとする。


「えっ、でも」


 そうこうしているうちに、手は消えていた。きっと海の中に沈んでしまったのだとYさんは感じた。

 Yさんは着替えながら、兄にあの手のことを話した。


「ねえお兄ちゃん、なんであの手の人を助けに行かなかったんだよ。今からでも警察とか呼んだ方が」


「お前、あの手が何してたか見てなかったのか?」


 兄は若干怒ったように言った。


「そんなこと言われても、わかんないよ」


「あの手はな、俺たちに向かって手招きしてたんだよ。こっちにおいで、おいでって」


 Yさんは未だにそのことを思い出すと、背筋がぞくりとするという。

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