第六十九話 うしろにいるから
引っ越しを考えていたOさんは、不動産業者に頼んで物件探しを行っていた。
いくつかの物件を業者と共に巡るうち、Oさんはあるマンションを有力な候補に選ぶことにした。
「そんなに古くないのと、キッチンやリビングの動線が頭に思い描けたというか、なんか気に入ったんですよね」
説明を受けながら徐々に乗り気になってきたOさん。
自分が住んだときの姿を思い浮かべて、笑みがこみ上げるほどだった。
「ええと、ではこの部屋の説明はこんなところですね」
「ありがとうございます。結構いいかもと……」
Oさんは部屋を見渡しながら言う途中で、声が止まった。
奥の部屋。
リビングと部屋を隔てるドアが開いているが、その奥に異様なものが立っている。
女だろうか。長い黒髪が顔を隠していた。
服は浴衣のように見えた。背丈と合っていないのか、膝までしか覆えていない。
しかし足の部分は消えかかっているかのようによく見えない。
Oさんが何よりもおかしいと感じたのは、その背丈である。
部屋の天井に付きそうなほど高い。
そんなものが微動だにせず、奥の部屋の中に立っているのである。
「えっ」
Oさんはまばたきを繰り返す。
女らしき姿は消えた。
「今の、見ましたか?」
不動産業者に尋ねる。しかし怪訝な顔をされるばかりだった。
他の物件へ向かう途中に、先ほどの部屋は事故物件ではないかとOさんは尋ねた。
しかし、そうした事実はないという答えが返ってくるのみだった。
喫茶店で久々に会う友達にOさんは憤りながらそのことを話した。
「ほんとさ、絶対おかしいよあの不動産屋。気をつけた方がいいよ」
「唾が飛ぶから落ち着いて。ねえ、その霊を見たのって内見の時が初めてなの?」
「うん、あっ、そうか、あんな怖いのがいるならネットとかに情報が載ってるかもね」
「いや、そうじゃなくて」
友人はどうも煮え切らないことをいう。
Oさんは少し混乱し始めた。
「あのね、天井まで付きそうな背が高い浴衣姿の女だっけ?」
「うん」
「それね、部屋じゃなくて、あんたに憑いてるんだと思うよ」
「えっ?」
「いま、あんたの後ろにいるから」
Oさんは慌てて振り向くが、何もいない。友人に向き直ると、怯えたような表情でOさんの後ろの空間を見ていた。
そして友人は急用を思いだしたと言って、急いで席を立った。
「えっ、ちょ、何なの」
「ごめんね。また埋め合わせするから」
取り残されたOさん。
その友人には、連絡を取ろうとしても返事がない状態だという。
なお0さん自身には特にその後も何も起きていない。マンションは別のところを選んだそうだ。




