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第六十八話 波が運んできた袋

 Uさんは妻と娘と共に海へやってきた。

 お盆を過ぎてすでに9月。泳いでいる人が誰もいないのだが、それだけに広々と使えた。

 夏真っ盛りの時期を過ぎたのは、Uさんが人混みを嫌っていたのと、単に忙しくて9月になるまでろくに土日休みが取れなかったためである。


「まあ、泳げなくても海に来たってことには変わりないでしょ」


 すでに遊泳できる時期ではないために、娘と共に砂浜で遊ぶのがせいぜいだった。

 それでも娘は両親と海に来たことが嬉しいのか、砂で城を作ったり貝を探したりしているだけでもそこそこは満足そうだった。


「よかった、あの子楽しんでるみたいだ」


「でも来年は、ちゃんと泳げるときに休み取ってあげてよね」


 Uさんはこっそり、妻とそのような会話をする。

 ふと娘の方に目をやると、変わらず砂を掘って遊んではいるのだが、そのそばにビニール袋に包まれたゴミのようなものが流れてきた。波に運ばれてきたらしい。


「あれ、誰かの服かな」


 持ってみなくとも、遠目に見ただけで結構な質量が感じられる。はっきり言って汚そうなので、娘が触る前にUさんは足でそれをどけようとした。

 近づいてみてUさんは驚いた。

 袋には血らしき赤い液体がべったりと付いているのである。

 そしてビニール袋の中に入っていたのは、人間の女らしき物体だった。


「わっ、あわああ!」


 膝を抱えた状態で袋の中に押し込まれている。

 腹の方から出たと思しき血が、袋の前面をどす黒い赤に染めていた。

 腰が抜けそうになったUさんだが、娘にこれを見せてやるわけにはいかなかった。

 しゃがんで遊んでいる娘の脇に手を入れて抱え起こす。


「えー、パパー、なに?」


 不思議がる娘を抱きかかえて、振り返らずに乗ってきた車の方へ戻った。

 妻が後ろから走ってくる音がする。


「ねえ、どうしたのよ。突然走ってくなんて」


 なじるような物言いの妻に対してUさんはいらだちを覚える。


「お前、あれ、見なかったのか。あの、袋を」


 息が荒い。Uさんの必死さに比べて妻は平然としたものだ。


「袋? なんかゴミが入ってたかなと思ったけど」


「とにかく、あそこはダメだ。もう今日は帰った方がいいだろ。ほら、靴の砂を落としてくれ」


 帰り支度を始めるUさん。急な話に妻も娘も戸惑うが、Uさんの剣幕に押されて言うとおりにする。


「準備できたか? じゃあ、出発するぞ」


 運転席のUさんが後部座席を振り向く。

 そして、またも凍り付いた。

 車に向かって何かが迫ってきている。

 ゆっくりと全身を引きずるように、ぐしゃぐしゃになった肉塊がこちらに向かってくる。

 袋の中身だ。Uさんは直感的に思った。

 すでに原形をとどめない体が、折れた足を使ってズリズリと這い寄ってくる。


「あ、うわっ!」


 車を急発進させる。

 娘がバランスを崩して前に倒れそうになる。


「ちょっと! 何なの!」


 妻が怒り出す。


「うるせえ!」


 Uさんは完全にパニックに陥った。

 バックミラーを見ずに走る。

 生きた心地がしなかった。なぜあんなものを見つけてしまったのか。Uさんは理不尽に殴られたような気持ちになっていた。


「結局あのあとは、あの女は出てきませんでした」


 Uさんは言う。家族仲が悪くなったりもしていないようで何よりだった。


「でも、9月にあの海に行くことはもうしません」


 Uさんは何かを思い出したのか、少しぶるっと震えながら言った。

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