第六十五話 見回り後に現れた男
ビルの警備員をしていたDさんからの話である。
同じ警備をしている同僚が、気になることを言っていた。
誰かが深夜にビルに侵入している形跡があるのだと。
同僚はそんなことを言ってDさんを驚かす。確認で通った後の階段に、そのときにはなかったはずのゴミが落ちているとも言った。
Dさんが夜中の見回りをする日が来た。
「誰かと鉢合わせしなきゃいいが」
Dさんは十分に警戒しながら、最上階から順に回って戸締まりがなされているかや侵入者がいないかを確認していく。
階段を1階ごとに降りて確認を繰り返す。
3階の確認が終わった。まあ弁護士事務所だし、そもそも取りたいようなものもないだろう。
この調子で一番下の階まで行けば終わりだ。
特に何事もなく、怪しいものを見たりすることもなくDさんは次々と階の確認を終えていく。
「まあ、オフィスのビルに毎日侵入しても面白くないだろうからな」
一人で勝手に納得して、Dさんはとうとう一番下の階まで来た。
1階には事務機器メーカーの営業所がある。取るのに面白そうなものがあるとも思えなかった。
Dさんはさっさと見回りを終えて、警備員室へ戻った。
「誰もおらんじゃないか」
全くの拍子抜けだった。
しかし翌日、ビルの階段の踊り場で倒れている男が発見された。
発見したのはDさんで、男はすでに亡くなっていた。
その表情は恐怖が張り付いたようなおぞましいものだった。
男は弁護士事務所と関わりがあり、自分の訴訟がうまくいかなかったことで担当弁護士と揉めていたらしい。
ふところにはナイフを忍ばせており、穏やかな話し合いのつもりではなかったのかもしれない。
なお、このビルの階段には、監視カメラが仕掛けてあった。
何かがあったときだけに見るようにしており、Dさんもその存在を忘れかけていた。
「先に、SDカードを抜いて見てみるか」
警察に渡す必要があるとは思ったが、Dさんはその前にこっそりと何が記録されているのかを見てみることにした。
Dさんが階段を降りてからの映像に注目する。
惜しいことに男が倒れていた階段の踊り場は、カメラの死角になってしまっていた。
しばらくして、今回亡くなった男が周りを気にしながら階段を上ってくる。トイレにでも潜んでいたのだろうか。Dさんは全くその存在に気づいていなかった。
だが、もっと驚くことが待っていた。
男が階段を上り、目的の弁護士事務所がある3階までやってきた。
フロアに通じる扉の上部にはガラス窓がある。
「えっ?」
男が扉の前まで来ると、ガラス窓に女らしき顔が逆さに現れた。
驚き後ろに下がっていく男。やがてカメラの画面から消えてしまう。
画面にノイズが走り、収まったかと思うと階段に黒い服を着た女が立っていた。
侵入者の男の姿は見えない。
画面が2回光ったかと思うと、女の姿は消えた。
結局、Dさんは警察に監視カメラ映像を提出した。
「警察からは何も言われませんでした。そのままカードが返されましたので、その時に聞いた話だと男は心臓発作で死んだということでした」
男と弁護士との間の刃傷沙汰にはならなかったが、Dさんは別のことを心配した。
もし自分の巡回が、もうちょっと後の時間になっていたら、あの女と出会うのは自分だったかもしれない。
Dさんは背筋が寒くなった。
その後一か月ほど同じビルで警備員を続けていたが、やはり転職したという。




