第六十三話 腕を伸ばすもの
会社から勧められて職業の専門的なセミナーに参加することになったYさん。
全部で5回あるセミナーのまず第1回目に参加した。
ビルの一室がその会場であり、Yさん以外に参加者は5人ほどいたという。
テーマは接客業の問題解決についてで、マナーや話し方講座などのカリキュラムが組まれていた。
講師の女性が入ってくる。自己紹介がされ、セミナーの参加者もカリキュラムにあるグループワークのために簡単に挨拶した。
そしてセミナーが始まった。
「PDCAサイクルを回していくことが大切です。まず目的に向かって計画を立てていきます」
講師の説明が続く。既知の話もあるがセミナーの報告書を書く必要があるため、Yさんは真面目に聞いていた。
「次に今回のモデルになるお店の問題点を考えていきましょう。まず人材不足というのがあり」
講師がホワイトボードの前で話す。参加者達はそちらに注目している。
そのとき、Yさんには何か不思議なものが見えた。
ホワイトボードから2本の白い腕が突き出してきている。
虚空を少し彷徨うように動いたかと思うと、講師の女性の首をとらえ、そのまま絞めだしたのである。
「がっ……」
女性は声を出せずにその場で硬直したように動けない。
口だけは開くが顔面が蒼白になっていく。
「えっ、大丈夫……?」
Yさんも、他のセミナー参加者達もざわめき出した。しかし首を絞める腕の存在には、Yさん以外は気づいていないらしい。
ガタッ!
講師の女性はその場に崩れ落ちるように倒れた。
Yさんたちが駆け寄ってみると、泡を吹いている。
呼吸自体は戻っては来ていたが完全に意識を失っているようで、主催会社の社員が急いで部屋を出て助けを呼びに行くのが見えた。
「大丈夫ですか、先生、先生」
他の1人が頬を叩くが反応はない。Yさんは1人、ホワイトボードに何かあるのではないかとそちらを見ていた。
何の変哲もないホワイトボードである。裏に回ってみても何か異常があるようには思えない。
ホワイトボード自体はさほど新しくもない、単なる備品にしか思えなかった。
講師女性は駆けつけてきた救急車に運ばれていった。
セミナー自体はそこで中断し、今後の対応については別途連絡されることになった。
「その後、セミナーは最後まで行われたのですが、あの女性の講師は現れずに他の男性講師に変わりました」
あのセミナーが開催された場所に原因があったのか、それとも講師の女性に何かあったのか、Yさんには知るよしもなかった。




