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第六十二話 鏡の中には

 Sさんの友人は酔っ払うと無謀なことを始めてしまうとのことだった。

 飲み屋が入っているビルの非常ベルを押そうとしたり、ガードレールの上を歩こうとしたり、ひどいときには飲酒運転をしようとしたためにSさんが猛烈に怒ってやめさせたこともある。

 この友人と酒を飲むとろくなことにならないため、Sさんは付き合い自体も切ろうと考えていたという。

 しかし別の形で付き合いが終了してしまった。

 この日は友人に誘われ、時間があったので一緒に夜に飲んでいたSさん。

 飲み屋を変えようと、歩いて別の店を探している途中で友人がトイレに行きたいと言い出した。

 公園の公衆トイレが目に入ったので、そちらに向かって友人が駆けだしていく。


「悪いな、ちょっと待っててくれや」


 実はこのトイレ自体には、中で焼身自殺した人の幽霊が出るとか、手首を切って死んだ人の霊が出るとかの噂があった。

 自殺などがあったならばSさんもその事件を知っていそうなものなのだが、そこのところはわかっていない。とにかく霊が出るらしいという点だけは一貫していた。

 Sさんはトイレの近くまで来たが中には入らずに外で待っていた。

 ドカ、ドカッ!

 トイレの中から、壁を蹴ったような音や、ドアが壁にぶつかったような音がし始めた。


「あー、あいつまたおかしなことを始めたぞ」


 友人の酒癖の悪さを知っていたSさんは、何か馬鹿なことをやっているのだろうとは思ったが止める気にもなれず彼が出てくるのを待った。

 ドサッ!

 何かが落ちるような音もしたが、Sさんは友人がトイレのドアによじ登って、落ちでもしたのだろうと思った。


「おーい、終わったか? そろそろ行こうぜ」


 しばらくしても友人が出てこないので、Sさんはトイレに向かって呼びかける。

 騒々しい音はなくなっていた。

 それでも友人が出てこないため、Sさんはトイレの中に入ることにした。


「おい、どこだ? まだかかるんか?」


 個室の方に行くも、全てのドアが開いている。

 ドアがぶつかるような音がしたわりに、特にトイレが壊れているような様子もない。

 結局個室の中も見て回ったSさんだったが、友人の姿を見つけることはできなかった。

 入口の鏡の前に立つと、後ろの個室の前に誰かが座っているように見えた。


「え?」


 振り返るが誰もいない。

 再び鏡の方を向くと、鏡の上半分に女の巨大な顔が入り込んできた。


「うわあっ!」


 赤い髪の毛に異様に大きな黒目のみの瞳が左右を見回すように動いている。

 Sさんは走ってトイレから出た。

 公園から逃げるように走っているとしばらく友人のことも忘れてしまった。

 飲み屋街に戻ると少し冷静さを取り戻したSさん。

 友人を探しに、嫌々ながらも再びそのトイレに戻ったが、結局彼の姿を見つけることはできなかった。


 酔いが覚めたSさんはそのまま家に帰り、以降は友人と連絡も取らないつもりだった。

 しかし意外なことに、街を歩いているとたまにその友人らしき姿を見かけることがあるという。

 Sさんが街中でガラスや鏡を見ると、Sさんの後ろの方にうつむき加減で立っているのだ。

 話しかけてくることはなく、Sさんからも話そうとはしない。

 後ろを振り向くと、友人の姿は消えているからというのがその理由だった。

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