第五十三話 すぐに去った新人
Rさんは会社に勤めてそこそこの年月が流れ、今や中堅どころだ。
彼の部署に新人が入ったのだという。
少し覇気がない感じの大卒1年目の男性。
Rさんは新人が辞めないように、とりあえず最初は簡単な仕事から与えていくことにした。
まだ新人用の机がないため、Rさんがいるオフィスの隣にある小さな会議室で仕事の話をする。
「じゃあ、こっちの伝票のお客様名を1つずつこのエクセルに登録していってね」
「あ、はい、わかりました」
新人が返事し、Rさんは伝票の束を渡す。
「では私はあっちの部屋にいるから、もしわからないことがあったら呼んでね」
「あ、はい」
簡単な仕事だから、30分もあれば終わるだろうとRさんは思った。
まさかいきなりさぼる新人もいないだろうとは思うが、会議室のドアの窓の部分から中が覗けるため、ちょくちょく様子を見ることにした。
20分ほど経った。
ペースの速さによっては、新人がもうエクセル入力を終わっている可能性もある。その場合、暇させておくよりも次の仕事を渡した方がいいだろう。
Rさんは会議室の入り口の方に近づいていき、窓から中を覗き見た。
新人は熱心にパソコンに向かって登録を行っているようだ。
しかし、いきなりその動きが止まった。
「ん?」
新人が突然上半身を震えさせ始めた。
口を半開きにしながらがくがく、がくがくと前へ後ろへ上半身が揺れる。
局地的に地震が来たかのようだった。
「あ、がっ」
そのまま机に突っ伏してしまう新人。
顔面をしたたかに机に打ち付けていたが、目覚める様子はない。
「ちょ、これ、まずいな」
Rさんはドアを開けて会議室の中に入る。
すると、新人の後頭部から黒い霧のようなものが上に向かって生じ始めるのが見えた。
「え……?」
黒い霧は新人の真上で雲のようにまとまったかと思うと、そのまま天井に向かって移動し、消えてしまった。
しばらくその様子を見ていたRさんだったが、我に返って救急車を呼んだ。
「結局その新人は命に別状はなかったのですが、会社が嫌になったと言って休職した末に、退職しました」
Rさんはこの会議室を何度も利用しているが、今回のような事象を見たのは初めてだそうだ。
何が原因で何が起きたのか、定かでない。




