第四十話 事故の話題
大学生のSさんは付き合い始めた彼女のYさんと、自分の部屋で過ごしていた。
Yさんが部屋まで来て料理を作ってくれ、夕食を共に食べてテレビなどを見ているうちに夜が更けてくる。
少しアダルトなムードの中で2人でベッドに入った。
いざ行為に及ぼうとしたところで、Yさんが唐突に話を始めた。
「ねえ、そういえばあのゲームセンターの事故からもう3ヶ月経つんだね」
何を言い出すのかと怪訝な顔のSさん。
Sさんが忘れているために沈黙していると受け取ったYさんが説明する。
「ほら、飲酒運転の車が坂を下ってそのままゲームセンターに突っ込んだじゃない」
Sさんは思い出した。確かに3ヶ月ほど前、大学からの帰り道にあるゲームセンターに、同じ大学に通う学生が飲酒運転の末に激突した。
乗っていた2人の学生のうち運転手1人が死亡する、痛ましい事故だった。
「ああ、なんかそんなのもあったね」
なぜYさんがこのような話を始めたのかわからない。しかもこれからベッドでイチャイチャしようと思っていたSさんのやる気が削がれた。
「ねっ、亡くなったの3回生だったよね。あたしたちと同じ……」
「そうだっけ? 2回生だろ」
Sさんはすっかり機嫌を損ねてしまい、Yさんがこの話題を続けるならばとりあえず諸々の情報を否定していこうと考えた。Sさん自身は亡くなった学生の情報など持ち合わせていないので、当てずっぽうの答えだ。
「そう? でも、あたしたち大学内ですれちがってたかもよ。同じ法学部だし」
「いや、教育学部だったはずだけど」
否定を繰り返してもYさんはこの話題をやめない。
「え、そうかな、あの、テニス部で」
少しYさんが泣きそうになる。しかしSさんはなおも否定を続ける。
「書道部だよ」
「ちがう」
Sさんの背後から、野太い声が聞こえた。位置的にYさんの出した声ではない。Sさんが振り向くも、そこには誰もいない。
Yさんも今の声が聞こえたのか、怯えたように周囲を見回している。
結局この日はすっかり白けてしまい、お互いすぐに寝ることになった。
翌日、目覚めたYさんにSさんは昨夜のことを尋ねた。
しかしYさんは事故について話したことを覚えていなかった。それどころか亡くなった学生について何も知らなかったのである。
Sさんが後日調べたところ、事故で亡くなった男子学生は法学部3回生でテニス部であった。
亡くなった学生がYさんに乗り移って事故の話しをさせたとしか考えられないが、そんなことをされる理由がSさんには全く見当も付かないという。




