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第三十四話 いない友達

 Kさんには5歳になる娘がいるそうだ。幼稚園に通っている。

 晩ご飯の後で、たまにその娘さんが今日一日の出来事をKさんに話してくれる。

 それを微笑ましく聞くことで、仕事の疲れも取れるという。

 しかしその日は少し違っていた。


「今日、あゆみちゃんも、あいちゃんもいなかったんだー」


 椅子に座った娘が言う。


「お休みだったの?」


 Kさんが返す。


「うん。だから寂しかったんだ」


「そうか、それは寂しいね。明日は来るといいね」


 あゆみちゃんとあいちゃんという友達について、Kさんは顔が思い出せなかった。

 これまで娘の話に出てきた子は、写真を見たりしてなんとなく覚えていることもあったが、この2人は全く顔が出てこない。


「いつも帰るときに、2人にバイバイって言ってから帰るんだよ」


「そうなのか、仲良しでいいね」


 相づちを打つKさん。ふと妻の顔を見ると少し浮かない顔をしている。

 妻が小声で、Kさんにだけ聞こえるように言った。


「いないんだよ、本当は」


「えっ?」


「そんな子は実際はいないの。想像だけ」


 Kさんは背筋が寒くなった。

 これは「イマジナリーフレンド」という奴か。幼い子どもが空想上の友達と遊んだりすることがあるという。まさしくそれだ。

 よく考えたら2人の名前も、あるアニメの登場人物から取っているのではないか。

 釈然としないものはあるが、一応現象として世間でも知られていることだし、そのうち解消するだろう。そうKさんは思った。

 翌日、Kさんが晩ご飯を食べ終わると、娘がトイレに行った。

 便座に腰掛けながらKさんに話しかけてくる。


「今日もあゆみちゃんとあいちゃん、いなかったんだよ」


 そうか、まだ休んでいる設定なのか。


「あたし、2人に優しくしてるのに、寂しい」


 娘がちょっと悲しそうな顔をする。

 それはともかく、早くトイレを終えてほしい気持ちもあった。だからKさんはこんなことを言ってしまった。


「なあ、あゆみちゃんもあいちゃんも、本当はいないからね。夢の中のお友達なんだよ」


「え?」


「実際はいないし、幼稚園にもおうちにもいないんだよ。頭の中だけのお友達なの」


 娘の顔が強張り、Kさんはまずいことをいったかなという気がしてきた。


「いるよ。ほら、あそこのお部屋にいるよ」


 娘が指さしたのは、脱衣所だった。

 自分はからかわれているのかとKさんは思ったが、娘は真剣な顔をしている。


「ねえ、あゆみちゃん、いるよ」


 娘は便座に腰掛けたままなので、Kさんは仕方なく脱衣所の方まで歩いて行く。適当に、いたいたと言ってその場をしのぐつもりだった。

 脱衣所のドアを開ける。

 電気が点いていないので暗いままだ。手元のスイッチを入れた。

 その瞬間、子どもぐらいの大きさをした黒い影が、隣の部屋へとさささっと動き、消えた。


「もー、せっかくあゆみちゃんいたのにー」


 トイレの方から娘の声がした。

 Kさんは未だに、あれが何だったのかわからないという。

 娘はしばらくして、あゆみちゃんやあいちゃんのことを話題に出さなくなった。

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