第十八話 引っ越し屋のバイト
Sさんが引っ越し屋のアルバイトをしていたときのこと。
アルバイトをしていた、といっても彼はある事情からアルバイトの初日でやめてしまったのである。
自分の行った店だけかもしれないが、と前置きしてからSさんはその事情について語ってくれた。
引っ越し屋の朝は早い。7時に集合してそれぞれの本日の持ち場へと振り分けられる。
バイト初日のSさんも、よくわからないながらもこの日チームを組んだ他の3人とともにトラックに乗って現場へ向かうことになった。
「よろしくお願いします」
「ああ、バイトの人か。私は元々営業なんだけど、最近人手が足りなくて現場に出てるよ」
同じトラックに乗ったF野さんが仕事について教えてくれた。
引っ越し屋の仕事はSさんが思っていたよりも過酷だった。
1件目は一軒家の荷物を全てトラックに積む仕事。バイトで運動不足解消などと甘いことを考えていたSさんだが、午前中の時点で早くも足元がおぼつかないほどの疲労を感じた。
ガチャンッ!
扇風機を落としてしまう。
「おい、何やってんだ!」
「申し訳ありませんっ!」
平謝りでお客様には許してもらえたが、先行き不安だった。
昼休憩もなく車の中でおにぎりを食べるのが昼食。
2件目は電力会社の寮の一室を引き払うということでその荷物運びだった。
最初に4人組で動いていたはずだったが、F野さん以外の2人は別の現場に行っていたためここはSさんら2人で対応しなければならない。
トラックの運転をF野さんに任せて休んでいたSさんだったが、2件目でも体力不足を露呈する。
それでもなんとか荷物を積み終えた。
ここから運搬先に行って荷下ろしをしたら今日の仕事は終わりだ。
すでにこの時点でバイトをやめようと思っていたSさん。家に帰ったらもうやめますと電話しようとトラックの中で考えていた。
ふと、荷台の方から音がするのが聞こえる。
ガシャッ! グシャッ!
何かがぶつかっているような音だ。
「F野さん、積んだ荷物同士が当たって、壊れてしまうんじゃ」
さすがにSさんは慌てて話しかける。
「あー、また始まったのか」
F野さんは顔に疲れは出ているが、後ろの音そのものは深刻にとらえていないようだった。
「どういうことなんでしょうか」
事情がわからないSさんは心配で仕方がない。できることならトラックを停めてもらい、荷台の様子を見に行きたかった。
「Sくんは信じないかもしれないんだけど」
運転しながらF野さんが切り出す。
「あれ、実際には物は壊れたりはしてないんだよ。音だけ」
理解ができない顔のSさん。
「2年ほど前かな、君と同じようなバイトの子がいたんだけど、お客さんの荷物を落っことしちゃって。それが結構高価な家具だったものだから、バイト本人に賠償請求が行っちゃったんだよね」
「えっ、それって法に触れるんじゃ」
我が身のことのように恐ろしさを感じた。
「うん。それで気に病んじゃったのか、そのバイトがトラックの荷台で首吊っちゃってね」
「え……」
言葉も出ないSさんだ。
「ああ、このトラックじゃないから安心しなよ。でもそれ以来、うちのどのトラックでも運転中に荷台で何かをぶっ壊すような音がするようになっちゃって」
慣れた様子で話すF野さんを見て、Sさんはますます今日でやめようという思いが強くなっていくのを感じた。
そうこうしているうちに荷下ろし先に到着した。
「もちろんその日の夜に、バイトやめさせてくれって言いましたよ」
体力不足が理由だと格好が付かないため、やめる明確な理由が見つかってよかったとSさんは言った。




