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 その日、剣術大会が中断された後の学院では、首都州の警吏がものものしく出入りして捜査と検証が行われた。


 どこかの男爵家の三男だか四男だかであるカール・ムードローブは上位の貴族家へ婿養子に入ることが決まっていたが、相手方に謹慎処分の件を知られて破談になったらしく、それを僕のせいであるとして恨みを募らせての犯行だったらしい。

 ただし、拳銃の入手経路やここ数ヶ月の行動には不明瞭な点が多いとか何とか…。


 シュガルド君の棺は当日の内に迎えが来て、毎月来る手紙と同じ紋章のついた馬車に乗せられて行ってしまった。彼の本来の後見人は、このジーンベルツの街にいるのだそうだ。


 生徒たちには翌日まで休みになることが言い渡され、寮監の教師が付き添った上で寮へと帰されたが、僕とレオナルドは警吏の聞き取りと医師の診察を受けた後、医務室に隣接する病室でひと晩休養するようにと指示された。


 ダンスパーティーでも催せそうな大広間をパーテーションで仕切って幾つもの小病室に設えた、いわゆる大部屋は、何となくうすら寒くて落ち着かない。

 眠れる気がしないし、かと言って仕切りを隔てた隣にいるレオナルドと話をする気にもなれなかった。


「セドリック」

「……なに?」

「俺と一緒にここから出ないか?」


 寮に帰ると言うのだろうか。返事をせずにいると足元側の仕切りが開かれ、怒ったような顔をしたレオナルドがこちらへ入ってきた。

 灯りは消えているがカーテン越しの白い月明かりでお互いの姿はよく見える。僕は医務室で借りた膝丈の寝間着に着替えて横になっていたけれど、レオナルドはまだ制服のままだった。


「どのみち俺は学院を辞めるだろうから、言いたいことだけ言っちまう」

「やめる?」


 仕方なくのろのろと起き上がろうとしたところへ、腕が伸びてきて抱きしめられた。


「セドリック、俺はあんたが好きだ。一緒に逃げてくれ」


 けれど、その行動も言葉も僕には薄っぺらくしか感じられない。


「申し訳ないけれど、お断りするよ」

「……だよな、わかった。

 最初にちゃんと話を聞きたいって言ってくれて俺は嬉しかったよ。責任とか立場とかのためでも別にいい」


 ベッドに押し戻されて見上げると、レオナルドは口の端をつりあげてニヤリと笑った。


「こっちもやりたいだけだからさ」

「――?!」


 片手でタイを引き抜く。はだけたシャツの襟もとから彼のごりっとした鎖骨が覗く。今日はなでつけていない髪が額にかかり、その隙間から髪と同じ色の目がギラギラと月光を反射している。

 その光景に見入った隙に食いつくようなキスで口を塞がれ、両手をまとめてベッドの枠に括り付けられていた。

 逃れようと身をよじるも、狭いベッドに乗り上げた彼の脚が僕の腰から下を固定する。


「ン――っは、離せ!何を」

「安心しろよ、後でどうこう言いやしない。これっきりだ」

「ア……」


 耳元で低く言われ、背筋から下腹部までぞわりとした感覚が伝う。

 それは抗い難い、甘い期待だ。

 これっきりだという身勝手な言葉を、僕の身勝手な部分が受け入れてしまった。


 あっさり抵抗をやめた僕をレオナルドはどう思ったのだろうか、もう一度、今度はとても優しいキスをくれた。

 何度も、何度も、優しく、熱い…………。

 今日、僕たちは友をひとり失ったというのに、なぜこんなことをしてるのだろう。僕の体はまだ、微かに震えているのに。



          ◇



 翌朝、僕はお腹をこわした上に熱を出していたけれど、原因はベッドが変わったせいでの寝不足だと主張して、早々に寮へと戻って来た。

 レオナルドがしきりに謝って世話を焼いてくれようとしたが、間違えてもらっては困る。

 僕たちは、これっきりなのだ。

 同室のミウラ君が食事に行っている間に少し泣いたら熱は下がって、寝不足は本当なので仮眠するつもりが、さらに翌朝まで寝続けてしまった。


 その夜の内に、シュクーリ州の領主公邸より迎えが来て、レオナルドは学院を去ったそうだ。

 剣術大会の前日に現シュクーリ公が急逝されたそうで、跡を継ぐ公子も長く病床にあるため、その唯一の実子であるレオナルドが実質的な領主として父君を支えるとの事。


 こうして、僕の初恋は終わった。


 

 

  


 



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