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「さて、レオナルド・ゼッツ君。ようこそ我らがキュージーン記念学院北東寮へ! 分かっていると思うけれど、君には少し立ち入った事を聞かせてもらうことになる」


 レオナルドはわりとすぐにやって来た。

 僕は現在、四人部屋を二人で使っている。空きがあるというのはこの事で、ルームメイトが帰省中なので今はひとりだ。

 返事をしてドアを開けるまで入って来なかったのは僕へのあてつけだろうか。憮然とした態度の彼は長身で、濃い焦げ茶の髪がむさくるしく伸びているが、ちゃんとすれば見られる顔だ。

 椅子をすすめると長い手足をだるそうに投げ出して座り、むっつりと黙ったままなので、僕は一から丁寧に話すことにした。


「当学院は創立五百年を超え、世界でも屈指の名門といわれる寄宿学校です。その名はジーンベルツの古い呼称に由来していて…」


 首都州にはあちこちに飛び地領があるが、およそ首都州といえば州都ジーンベルツを指す。

 遠い昔に存在した大国の王都だった土地であり、現在は世界四十九州をまとめる円卓会議の議場が置かれる、世界の中枢である。

 各州領主の公邸と関係各機関、大手商会の店舗から下町歓楽街、及びそれらに勤める人々の居住区までひととおり揃っているが、端から端まで歩いて一日もかからない小さな都市だ。


 学院の所在地は市街の北辺から山裾にいたる高台で、かつて帝国時代には皇都宮殿のあった場所にあたるそうだ。広大な敷地の中央には学び舎である学院本棟が建ち、北東、東南、南西、西北の四隅には生徒全員が集団生活を営む寮がある。

 生徒は各州の貴族の子弟がほとんどで、あとは貴族と取引がある大商会の跡取り息子や、学院の教師及び学者先生の推薦による特待生がわずかにいる。

 もちろん男子ばかりだ。

 四つの寮には寮監を担当する教師もいるが、教員宿舎は別にあるので実質名目だけになっていて、通常の管理監督はそれぞれに設けられた自治委員会に一任されている。


「そして自治委員長は本来、前任者の指名と寮生の承認によって決定されるんだけれど『次期領主』に限り、強制的にそのイスに座らせるのが伝統だとかでね。僕が他の適任者を差し置いてその役を任されているのはそのためなんだ」


 それは、将来は世界運営の一端を担う領主の跡取りならば寮の管理人くらい訳もなかろう、という理念により勝手に伝統を称しているもので、実際は全ての領主家がこの学院に子供を預けるわけでもないし、学院側も関知しないことである。

 しかし僕の祖父が入学した頃すでに受け継がれていたそうで、直近ではあのリュシオンが西北寮の委員長を務めている。


「ゆえに責任において、君たちの事情をきちんと聞いておきたい。一年間平穏無事が一番だけど、何か問題が起きたときに何も知りませんでした、なんて言いたくないからね」


 はじめに少し威圧を込めて、最後は優しく笑ってみせる。

 レオナルドは小さく溜め息をついて「わかった」と聞き取れないほどの低い声で言った。


「では彼、シュガルド・ゼッツ君ときみとの間柄だけど」

「あれは男娼だ。じいさんが孤児を引き取ったことにして俺にあてがった……。フランクの代わりに」

「男娼……、フランク?」

「救護院で一緒だった。ふたりして毒をあおったがあいつだけが死んだ」

「それは――聞かせて貰ってもいいことなのかな……?」



 レオナルドの話には唐突なところがいくつもあって分かりにくかったけれど、簡単にまとめるとこうである。

 彼の母親は商家の娘で、貴族の屋敷に奉公に行っていてお手付きになった。

 子供が出来るとその父親については固く口止めされた上で、かなりの額の手切れ金を貰って家に帰された。

 生まれた子供であるレオナルドは祖父の庶子として育てられたが家になじめず、地元の神殿の救護院へ僧侶見習いとして入った。

 救護院は主に身寄りのない年よりや子供、病人を保護する施設だ。わがコーダリー州では改革により、社会福祉は全て役所の管轄になったため廃止されているのだが、レオナルドの故郷では彼のような身寄りのある子供でも、寄付金次第で受け入れてくれる所があるらしい。

 宿舎と食事と一応の教育も与えられ、出家僧侶として神殿の奉仕活動に従事すること数年、十五歳の頃にフランクと出逢った。

 フランクは貴族の子で九人兄弟の七番目。他家に養子に出ていたが病弱のため離縁となり、自ら出家を志願したのだそうだ。


「お貴族だから神官にもなれるのに、どうしても救護院で働きたいって言うような奴なんだ。でも病人の世話なんかするからうつされて、たびたび寝込んだりしてて、しょうがなく面倒みてやってるうちに……その……」


 ――密かに睦み合う仲になった。しかし他の僧侶に見つかってあえなく引き裂かれることに……。


「あいつは家に戻されて、俺は別の神殿に移されてそれきりになったけど、それも仕方がないと思った。俺がいるとあっちにもこっちにもに迷惑だって、いいかげん分かる。だから覚悟して、仕事中にがめといた雑草のしつこい根っこを枯らす薬を飲んだんだ」


 しかし、レオナルドは生死をさまよったものの回復し、フランクの死を知らされた。

 彼も同じ頃、同じ除草剤を飲んだらしい。


「示し合わせた訳じゃないが当然そう思われるだろ? 心中で息子だけ殺されたってさ。相手が貴族だから、じいさんも俺の実父の家に頼ってコトを収めてもらった。そのオヤジの家でアレに引き合わされて、一緒にこの学院へ入れって」


 おおかた予想通りだが、それにしても……


「いたれりつくせりだね」

「……! 俺は男が好きなわけじゃない! あんな恥ずかしげもない男娼なんか、よけりゃあんたにくれてやるよ!!」


 捨て台詞を残してレオナルドは勝手に退出して行った。

 僕の言葉も良くなかったけれど。


 なにしろ彼の父親は一度捨てた息子を、それも不祥事を起こした問題児と分かった上で、わざわざ拾い上げたことになる。

 この学院に特例づくしで子供を編入させるなんて、ただの貴族や大金持ちには無理なことだ。おそらくレオナルドの父方の家とは、どこかの領主家だと考えて間違いない。

 彼の故郷であるシュクーリの領主には跡取りも予備もいたはずだけど、レオナルドがいずれ家督を継ぐ可能性もあるということなのだろうか……。


 ともあれその日の夕食時、僕はふたりを居残り組の寮生たちに紹介し、何だかんだと聞いてくる者達には『不良息子とお目付役』という設定を吹き込んでおいた。



          ◇



 新年に向けて、今いる居残り寮生も少しずつ家に帰って行く。

 それまでは休暇を使ってちょっとしたアルバイトをするのも良いし、家が近い者などはギリギリまで残ってひと時の自由を謳歌するのも良い。

 しかし毎年数人程度は、本気でアルバイトに精を出すとか、自主的な勉学のためなどで帰省しない者もいて、僕も今年は帰らないことに決めていた。

 委員長だからというのではなく、いちど長期休暇をまるごと寮で過ごしてみたいと思っていたわけで、正直、のびのびと自由を満喫している。

 門限や食事、消灯の時間は常と同じだけれど、同室者もいない今は消灯後もこっそり起きて、ランプの明かりで本を読むのが毎夜の楽しみになっていた。


 ――けれど何故か今、シュガルド君が僕の部屋にいる。


「ふぅん、次期領主様ってたいへんなんだね」

「僕は生まれ以外に秀でた所もないから尚更だよ。せめて与えられた責務くらいはこなそうと必死なんだ」

「んー?そう?」


 彼は普段誰も使っていない椅子を移動して、僕のいるデスクの傍に陣取っている。

 僕は読んでいた本を閉じて、手元に置いたまま話していた。なるべく早く帰ってほしい。


「そうとも、教師以上にやかましく言うつもりだからね! 特に君たちに関しては、部屋の鍵はちゃんと閉めといて貰いたい」


 彼らの部屋はもともと寮監のための部屋なので鍵付きだが、他の寮生の部屋には基本的に鍵は付いていない。

 多感な年頃の男子生徒ばかりで生活していれば、ただでさえ揉め事は絶えないし、刃傷沙汰に及ぶことも過去にはあったと聞いている。

 とにかく刺激しないでほしい。


「うん、それなんだけど、今レオナルドに閉め出されちゃって。僕のことは君にゆずるから好きにしていいそうだよ?」

「―――は?」

「ねぇ、昼間……どんな事しようとしてたか、知りたい?」


 僕のデスクに肘をついているシュガルド君と、近い距離で目が合った。

 彼が椅子から乗り出すように僕の膝へ手を載せてきて、コロンだろうか、何かふわっといい香りがする。

 僕は誘われるままその手を取って、


「それはだめ! 閉め出し、閉じ込め、私刑行為は絶対禁止だよ!」


 ――立ち上がらせるとそのまま彼らの部屋まで引っ張って行った。


「僕がキッチリ言って聞かせるから!」

「え〜」


 ノックに返事は無かったが今回に限ってはマナー違反でもないだろう、ノブに手を掛けると鍵は掛かっていなかった。

 寝ていたレオナルドにお説教をして自室に戻った僕は、ベッドに倒れ込みながら大きく溜め息をついた。

 そういえばあの二人もたぶん、ずっと居残り組なのだ……。



          ◆



 そのまま、いつの間にか寝入っていた僕は、フッと意識が浮かび上がるのを感じた。それでいて、これはまだ眠りの中であると認識している。

 つまり明晰夢というもので、内容は昼間の、編入生ふたりの部屋での続きのようだ。


 左の壁際、レオナルドのベッドに彼らはいるが、僕が入って来たことに全く気付く様子もなく、僕は彼らの行為をつぶさに観察できた。

 

 「おやすみー」


 目的を遂行した後シュガルド君は着ていたシャツで体をぬぐって洗濯かごへ投げ入れ、新しいシャツと下着をつけて自分のベッドへ戻って行った。

 レオナルドは挨拶も返さず、背を向けて寝ている。


 辺りは暗く、これが昼間の続きの夢などでないことはもう何となく分かっていたけれど、僕もすでに陶然として思考を失い、深い眠りの淵に落ちて行った。





 








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