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 まだ正式な家庭教師がつく前だから、三つ四つの頃だろう。僕は、家の執事見習いの青年の膝に抱かれて絵本を読んでもらうのが好きだったそうだ。

 ふたごの妹が生まれたばかりで、母も主だったメイド達もそちらに手を取られている時分のこと、幾度か執事見習いに僕の世話を任せることがあったらしく、はじめはさぞやむずがるだろうと思ったが、何時間でも大人しく絵本に集中している。

 これはきっと、絵か文学に才能がおありなのだと思ったものだ。――と、当時のメイド長だったばあやが今も時折り城を訪ねてくるたびに、繰り返し思い出話をしてくれる。

 僕自身は覚えていないし、画才も文才もなかろうけれど、今ならなるほどと思い当たる。

 僕は同性愛者だ。おそらくは明確な意識も無いくらい幼いうちから、母やメイド達女性に囲まれているよりも、男の執事見習いの膝にいるほうが好ましかったのだろう。

 そして十歳の頃には、僕はそのことを完全に自覚するにいたるのだ。


 その頃の我が家は妹二人と弟に加え、母の弟であるリュシオンを迎えて七人家族になっていた。

 母の生家はうちと同じく代々の領主で、リュシオンは漸く生まれた跡取り息子だ。まだ首都州の学院を出たばかりの十七歳だが、成人後はすぐにでも家督を継げるよう、いわば領主見習いとして父の元へ預けられた。

 叔父とはいえ兄ほどの年齢のリュシオンは、月に一度家族で神殿に参るときや、夕食後に居間で思い思いにくつろぐときなども常に一緒で、小さな弟妹達はすぐに馴染み、休みの日の午後などは遊んでもらう順番を取り合いながら大はしゃぎするのが常だった。

 けれど当時の僕からすれば、彼とは将来の領主という同等の地位に立つ者同志であり、小さい甥っ子の一人として扱われるのはいささか不満に思えたのだろう。

 いずれ僕も行くことになる学院のことなど話したいことはあったけれど、その機会も得られないまま自分から距離を置いてしまっていた。

 

 そうして一年程が経ったある冬の休日、両親が他家の葬儀に出掛けていて、いつになく静かな午後だったと思う。

 昼食のあと眠くなった弟妹をメイドに任せて、僕とリュシオンは各自の部屋へ引き取り、それぞれの勉強や仕事をすることにした。

 リュシオンは年が明けるよりも前に、自分の家に帰ってしまうことが既に決まっている。将来を見据えるならば、今からきちんとした交友関係を築いておくべきだ。

 そう考えた僕は、意を決して彼を訪問することにしたのだが、―――


 結果からいうとリュシオンは女と寝ていた。

 昼間、ドアに鍵を掛けないのは我が家の習慣だが、ノックの返事を待たずに入ったのは僕のミスだ。

 最初は誰もいないのかと思ったが、奥の方から押し殺したような声が聞こえて、寝室のドアが半分開いているのに気が付いた。

 僕はうかうかと近付き、それを見た。

 領主の城に余人を入れることは出来ないから女はメイドのうちの誰かだろう。

 彼らは僕がいたことなどついぞ知るまい。

 僕は慌てることなく速やかにその場を立ち去ったし、僕が見たのはこちらに背をむけているリュシオンの姿だけだから。


 自室へ戻った僕はベッドに駆け込み、脳裏に焼き付いたものを何度も反芻した。


 とはいえ、かの年若き叔父に対して僕が恋心などを抱いていたかといえば、そうではない。

 単にそれが、僕にとっての性への目覚めとなった出来事だというだけである。


             ◇


 やがて僕は十三歳になり、初めて家を離れて、首都州にある全寮制の学院へ入学する。

 事前に情報を聞き出せなかったものの、要は規則を把握し、良くも悪くも目立つようなことをしなければいいだけだ。

 私服に着替えての外出や門限破り、教師の目を盗んで持ち込まれたワインやシガー、或いは些細な賭け事など。他愛のない程度の悪さにも適当に付き合って、あっという間に三年が過ぎた。 

 異例の編入生が来たのは四年生に上がる前、僕が北東寮の委員長に就任し、長期休暇に入ってすぐのことだった。


 編入生は二人いて共に四年生、最終学年からの編入も異例だが、寮は四人部屋で空きがあるにもかかわらず二人に一部屋が割り当てられた。

 おそらくは、どこかの貴族の馬鹿息子が問題を起こし、監視付きで送り込まれたといったところか。

 休暇を居残っている寮生たちの間でウワサが飛び交う前に、正確な情報を聞き取って対策をしておくべきと考え、僕は彼らの部屋を訪問したのだが、


 ――まただ。


 僕は返事を待たずに部屋に入る癖を改めなくてはならない。

 ベッドの上で抱き合っていたらしい彼らは、僕が入るとパッと離れ、片方はそのまま部屋を飛び出して行った。

 残った方はベッドに腰かけたまま悪びれる様子もない。


「だれ?何か用だった?」

「え…ああ、失礼、僕は北東寮自治委員長のセドリック・コーダリー…」


 ただ、制服をジャケットまできちんと着てタイも結んでいるが、下は靴下以外何も着けていなかった。

 飛び出して行ったほうは多分、服をぜんぶ着ていたはずだ。


「新しい寮生を歓迎して注意事項を伝えようと思ったんだけど、まず着替えを終えるのが先決だね」


 何でもないようにそう言ってやると、彼は床に放ってあった下着を取って立ち上がる。


「レオナルドが帰って来るまで待つ?」


 衣服を整えた彼に、僕は改めて目を奪われた。

 明るい金の虹彩と、それよりもずっと淡い色合いをした金髪のとても綺麗な少年ではあるが、僕はなぜか彼に見覚えがあったからだ。

 少し考えて思い出したのは、月に一度は家族で通った神殿の、青年王の姿をしたポン・ティアック神像だった。あの美しい彫像が実在の人物を写したものであるならば、その少年時代はかくやと言うほどに、彼は似ている。


「いや、自習室に移動しよう」


 出入り自由だがこの時期誰も利用しない寮の自習室で、僕は彼に寮則や諸注意などの一通りを説明し、ルームメイトが戻って来たら僕の部屋へ一人で来るようにと託けた。 

 彼、シュガルド・ゼッツ君は何の気負いもなさそうに、始終ふわっとほほ笑んでいた。

 

 


ピンクムーンの良き日に


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