(5)
交流戦後の休日は疲れをとるためにゆっくり過ごし、二日後の放課後に七人は町の闘技場に集まった。交流戦に参加しなかったことを何か言われるかとローは緊張していたが、六人の態度はいつもと変わらず、ローは複雑な気持ちでファイの隣に座った。
みんな気をつかってくれているのだ。何か事情があったのだろうと、わざと触れないでいてくれる。だが、それがかえってローの心を重くした。
反応がなさすぎるのが寂しいと思うのは、おかしいのだろうか。自分は本当は、問い詰めてほしかったのだろうか。なぜ参加しなかったのかと。
「……なんだが、ローはどうだ?」
タウの声にローははっとした。膝上でにぎっていたこぶしから目をあげると、六人の視線が自分にそそがれていた。
「今度の冒険で『食卓の布』を作ろうという意見が出ているんだが」
話を聞いていなかったのがわかったのか、タウが繰り返す。ミューが『食卓の布』について説明した。
「調理済みの料理が出てくる布なの。一つあれば冒険に出ても食べ物に困らないから」
「虹の森はもう目の前だし、何があっても対応できるようにしておいたほうがいいだろう」
「うん、いいと思うよ。それにしようよ」
努めて明るく答えたものの、ローはうつむいた。虹の森は目の前だという言葉が頭の中でぐるぐる回り、吐き気がした。
「決まりだな。材料はわかっているのか?」
「ぬかりはないわ」
タウの問いにイオタが人数分の紙を配った。すでに調べていたらしい。七人はそれを見ながら今後の計画を立てると、次の休みから材料集めに出ることを約束し、解散した。
翌日の昼休み、生徒会室に向かっていたローは、廊下で立ち話をしている六人を見つけた。ふり返った六人の表情はかたく、ローは近寄りにくさを覚えながらも輪に加わった。
「ロー、お前、昨日帰ってから何ともなかったか?」
ラムダに聞かれ、ローは別にとかぶりを振った。
「何かあったの?」
六人は一瞬黙り込んだ。互いを見合う彼らの行動に苛立つ。まるで自分だけ仲間はずれにされたようで、胸が騒いだ。
「町の闘技場から帰ったら部屋が荒らされていたんだ」
「市の警兵が来て、机から棚からひっかきまわしていったって、お母さんが……」
タウの答えにミューがつけたす。警兵相手のため、家族も口出しできずにただ見ていることしかできなかったという。
「いったい何のために?」
「わからないわ。でも何かを捜していたみたいね」
イオタの言葉にローは目をみはった。六人とも同じことをされたのに、なぜ自分だけ調べられていないのか。それとも、自分の部屋には父がこっそり入ったのだろうか。しかし何が目的で?
「もしかしたらお前がおやじさんから事情を聞いているかと思ったんだが」
ラムダが困惑顔で髪をかきむしる。
「知らない。みんなを調べるなんてこと、父さんは一言も言わなかった。今朝だって普通にしてたし」
「可能性があるとすれば、玉か」
こぶしを口元にあててタウがつぶやく。ローの心臓が大きく脈打った。
確かに六人は玉を持っている。だが自分が持っていないことを父が知っているはずがない。玉のこと自体話したことはないのだ。
「父さんに聞いてくる」
「行くなら放課後にみんなで……ロー!!」
きびすを返したローにラムダが叫ぶ。だがローは無視して駆けだした。荷物は更衣室に置いたままだったが、後で取りに帰ればいい。とにかく今は理由を知りたかった。
もし仲間の家捜しに自分の父が関わっていたのなら、自分はどんな顔をして仲間にあやまればいいのか。
恥ずかしい。たまらなく恥ずかしくて、ローは涙ぐんだ。
カロ市の市庁舎は、フォーンの町の東北部に位置するメンブルムの町にある。途中で町馬車を拾って市庁舎に着いたローは、受付で父が市長室にいることを聞くと、面会可能かどうかも確認せずに走った。
幸いなことに父は一人で机に向かっていた。肩で息をしながら乗り込んできた息子を、モルブス・ケーティはちらりと見ただけですぐ書類に視線を落とした。
「まだ授業中のはずだろう?」
「どういうことなの? どうしてみんなの家に警兵が押し入ったんだよ? どうして昨日僕に何も言わなかったんだ!?」
そこへ扉がたたかれ、女性秘書が入室してきた。
「市長、そろそろお時間ですが」
秘書はローがいたので驚いたようだった。何か大事な話の最中なのかと聞きたげな秘書を片手で下がらせ、モルブスは腰を浮かした。
「悪いが、これから会議がある」
「父さん!!」
部屋を出ようと歩きだしたモルブスにしがみつく。モルブスはローと同じ暗青色の瞳で息子を見下ろした。
「神法院から協力要請が来たんだ。お前たちが見つけた玉が国家安泰のためにどうしても必要だというが、学院長が神法院の邪魔をしているとかで、マルキオー神官長はお困りらしい。お前も持っているのではと聞かれたがどうなんだ? お前からはそんな話は一度も聞いたことがないから、お前の部屋の捜索はまだしていないが、もし持っているのなら神法院に渡しなさい」
「なんで神法院が欲しがるんだよ? あの玉は僕たちが――」
ローは口を押さえた。玉のことは誰にも話をしないようみんなで約束したし、学院長からもとめられている。
「やはり玉を持っているんだな? 出しなさい」
「知らない」
モルブスに両肩を強くつかまれ、ローはうめいた。
「神法院に逆らうなんて馬鹿なまねをするんじゃない。学院長が何をたくらんでいるのかはわからないが、お前のためにならないんだぞ」
「学院長は悪くない! いつも僕たちを助けてくれるんだから。おかしいのは神法院のほうじゃないか。僕たちに何の断りもなく勝手に玉を取り上げようとするなんて」
モルブスの手を振り払ったローは、壁際にまで追い詰められた。
「学院長がいつもごまかしてばかりで事が進まないから、神法院が動いたんだ。もし学院長がお前たちの玉を独り占めしようとしているのなら、阻止せねばならん」
ローは息をのんだ。学院長が玉を狙っているなど、考えたこともなかった。
七つの玉が集まれば、おそらく虹の森への道がひらく。学院長はそれを知っているのだ。そして神法院も。
生きている間に使いきれないほどの財宝、不老不死の薬、至上の幸福――虹の森には人が願うありとあらゆるものが存在していると噂されている。学院長も神法院も、それを手に入れたがっているのだろうか。だから自分たちに関わろうとするのか。
「時間がない。ロー、学院には戻らなくていいから、ここで待っていなさい。会議が終わったら話をしよう」
モルブスが足早に部屋を出ていく。ローは壁に寄りかかったままずるずると座り込んだ。
だめだ。自分だけでは判断できない。皆に相談しないと。
どちらにしても、今はまだ虹の森へは行けない。玉は六つしかそろっていない。あと一つ、最後の一つが現れないかぎり……ローは自分のてのひらを凝視した。
本当に自分なのだろうか。玉を得て皆と虹の森へ行けるのは。もし、いつまでたっても玉が手に入らなければ――玉が全部集まる前に自分の身に何かあったとしたら、どうなるのだろう。
怖い。かかえた膝に頭を沈め、ローは唇をかんだ。
一人で来るのではなかった。ラムダの言うとおり、放課後にみんなと来ればよかった。
皆に会いたい。会って、自分がこのところ感じていた不安を聞いてほしい。そして、笑い飛ばしてほしい。
話す機会はいくらでもあったのに、ついつい避けていたことを、ローは後悔した。
帰ろう。父に玉のことを説明するより、皆に伝えることのほうが先だ。ローはそう決めると市長室を出た。フォーンの町に着く頃にはタウたちも帰宅しているはずだから、まずタウに報告して、どうするか対策を練ろう。
市庁舎の外で馬車を拾い、ローはフォーンの町へと急いだ。だが最初に訪ねたタウはまだ帰っておらず、次に行ったファイも、ラムダも、ミューもイオタもシータも、全員いなかった。町の闘技場ものぞいたローは、最後に学院に向かったが、やはり六人の姿はなかった。
すっかり暗くなってから、ローはとぼとぼと自宅へ戻った。皆どこへ行ってしまったのか。
本当に一人取り残されてしまった。単独で行動したのは自分だが、置いていった六人をローは恨んだ。もし今日集まる予定があったのなら教えてくれればよかったのに、ファイでさえ何も言ってくれないなんて。
地面の小石を蹴り、ローは顔を上げた。自分の家の前に馬車がとまっている。立っているのは父と、神官らしき格好の男だ。
「ロー、市長室で待っていろと言ったのに、どこに行っていたんだ!?」
怒鳴るモルブスをまあまあとなだめ、神官は値踏みするような目でローを見た。
神官の顔には見覚えがあった。虹の捜索隊の再審査の話をもってきた大地の法の神官ケノン・オーネーだ。なぜ彼が自分の家に来ているのだろう。
「オーネー殿、ローは玉のことは知らないと言っていたんです。この子は無関係です」
「皆そう言いましたがね、最後には白状しましたよ。ケーティ市長、この子は知らないのではなく、持っていないそうですよ。それを確認に来たんです」
オーネー神官は小馬鹿にしたように笑うと、ローの顔をのぞき込んだ。
「タウ・カエリーたちは、君はまだ玉を持っていないと言うんだが、本当かね?」
ローは目をみはった。
「タウたちはどこにいるんですか?」
「質問に答えるんだ」
「みんなをどこに連れて行ったんですか? まさか神法院に!?」
オーネー神官はやれやれと肩をすくめた。
「ケーティ市長、子供の教育はもっとしっかりしてもらわなければ困りますな。乗りたまえ。後は神官長の御前で話をしてもらう」
ローを馬車に押しやろうとしたオーネー神官を、モルブスがとめた。
「待ってください。玉を持っていないのなら、尋問の必要はないはずでしょう!?」
「神官長がこの子から話を聞きたいとおっしゃっているのですぞ」
「しかし、オーネー殿っ」
「ケーティ市長。あなたの出方しだいでは、ヴルツァ・デルフィーニーを市長の座に据えてもかまわないと神官長は考えておられる。へたに騒がぬほうがあなたのためだと思いますが」
ヘイズルの父の名に、ローははっとしてモルブスをふり返った。モルブスは唇を引き結んでこぶしを震わせている。
「ご心配なく。本当にこの子が玉を持っていないのであれば、彼らのように神法院で『保護』することはありませんよ。おそらく今日中……遅くても明日の朝にはこちらへお送りします」
オーネー神官はにやりとしてローを馬車に追い立てると、自分も乗り込んだ。
窓からちらりと見えたモルブスの顔は、さまざまな感情が複雑に絡みあったようにゆがんでいた。ローはオーネー神官に問いただしたい気持ちを抑え込み、ずっと窓外をにらみつけていた。
神法院の敷地内に初めて足を踏み入れたローは、広さと建物の豪奢な雰囲気に圧倒された。各地の礼拝堂は雨漏りがしているところもあるというのに、ここはほんの少し細い亀裂が入っただけで改修されるからか、壁の白さが輝いている。
妙な威圧感はあるが、重々しい神聖さはあまり伝わってこない。学院の礼拝堂のほうがよほど神を身近に感じられるなと、ローは内心で失笑した。
長い長い廊下を、オーネー神官の後について歩いていく。奥に行くほどすれ違う人は少なくなっていった。神官長と会うのだからかなり大きな部屋だろうと思っていたが、つきあたりの角を曲がったオーネー神官が開けたのは、周りの壁と一体化していて見えにくい真っ白な扉だった。階段は下に続いている。
ローは緊張した。建物の地下はたいていあまり使われないものや、人目に触れさせたくないものがしまわれる。だまされたのだろうか。
「ここだ」
やがて階段を下りきったところでオーネー神官が立ちどまった。さびた鉄の扉に、ローは生唾を飲み込んだ。番兵らしき男二人が、背筋をのばしてオーネー神官に道を譲る。
扉を開けたオーネー神官は先にローを通してから扉を閉めた。中に入ったローは、会いたかった六人の顔を見て涙ぐんだ。
「ロー、どうしてここに!?」
「話が違うじゃないか! ローは捕まえないと言ったのにっ」
鉄格子をはさんで六人が抗議する。ローは部屋の一番奥に座っている男の前まで引きずられた。
「ビオス・マルキオー神官長だ」
ローはオーネー神官に無理やり頭を押さえつけられ、膝をついた。
「ご苦労だった、ケノン」
ロードン教官と年の近そうなマルキオー神官長は、灰黄色の瞳を細めた。
この神官長は好きになれない。ローは警戒を全身で表しながらマルキオー神官長の視線を受けとめた。
「さて、ロー・ケーティ」
「神官長様、教えてください。どうしてみんなが捕らえられたのか。僕たちは神法院に悪いことをした覚えはありません」
先に質問をぶつけるローに、オーネー神官が無礼者と怒鳴り、ローの頭をさらに床に押しつけた。
「捕らえたのではない。『保護』したのだ。虹の森に近づいている子供たちを見つけしだい申告するよう、毎年全学院に通達しているが、ゲミノールムの学院長は以前より虚偽の報告をしている疑いがあった。事実、イフェイオン・ソルムの件が露見するまで、お前たち七人のことを隠しておった。私欲におぼれるとは、学院長としてあるまじき行為だ」
「嘘っ」とシータが叫んだ。自分たちを無理やり眠らせてここまで連れてきたくせに、何が保護だと。
「虹の森は国家に必ずや繁栄をもたらす。我々は国のため、民のために長い間虹の森を探し求めてきたのだ。市長の息子なら、わしの言うことが理解できるであろう?」
ローは黙り込んだ。国や民のために、自分たちは虹の森へ行きたかったわけではない。冒険者なら誰もがあこがれる楽園をただ見てみたかっただけだ。
「虹の森を、神法院はどう国家のために役立てるつもりなんですか?」
神官長の言葉は漠然としすぎている。うまくごまかそうとしているが、父や政治に携わる人間と接してきたローは、乗せられてその気になるほど薄っぺらい正義感はもちあわせていない。
「ロー・ケーティ。子供は子供らしく、大きな夢に胸をおどらせてほしいものだな」
マルキオー神官長の声が一段低くなった。これ以上深く追及するなと、ねばついたまなざしが警告している。だがローはひるみもせず、神官長をまっすぐににらみ返した。
「まあよい。して、玉を持っていないというのは事実か?」
「……事実です」
目を伏せるローに、マルキオー神官長がのどの奥で笑った。
「ならば用はない。早々に立ち去れ」
オーネー神官に腕をつかまれて引き上げられたローは抵抗した。
「待ってください! タウたちはどうなるんですか!?」
「言ったであろう。玉を持つ彼らは国の宝。ここで大切に『保護』しておく」
「玉は七つないと虹の森へは行けないのにっ」
「知っている。だから残る一つの玉を持つ者を捜せばよい」
後ろで扉の開く音がする。ローはあせった。
「捜して見つかるようなものじゃないっ」
「そのとおりです。玉は彼ら七人が皆で手に入れてきたもの。どこを捜しても残る一つの玉の保持者など出てきません」
オーネー神官の代わりに、別の手がローの肩を優しく抱いた。
「学院長っ」
シータたちが歓喜の声をあげる。ヘリオトロープ学院長は六人とローに微笑むと、マルキオー神官長と対峙した。
「招かれてもおらぬのにのこのこやって来るとは。貴様もようやく本性を出す気になったか」
「学院に通う子供たちが誘拐されたとあっては、学院長として見過ごすわけにはいきませんので」
「貴様に対しては責任追及の声がいくつもあがっている。これ以上神法院にたてつくなら、反逆罪で牢獄へ送ることになるぞ」
「虹の森への鍵となる玉がどうすれば現れるか、あなたがたは考えたこともないのでしょう。彼らをすぐに釈放してください。六人をここに閉じ込めていても虹の森は見つかりません」
「ふん。あくまでも子供たちの味方のふりを貫くか。そうやって手なずけてきたのだろうが、貴様の魂胆は見え透いておるわ。自分が行きそびれたからと子供たちを使い、虹の森に一緒に渡るつもりだろうが。強欲者め」
「私たちの道を閉ざしたのは、あなたがた神法院だ!」
「黙れ、ヘリオトロープ! たかが下等学院の学院長ごときが、神官長の御前で無礼にもほどがあるぞっ」
オーネー神官に胸を突かれて学院長がよろめく。気色ばんでいたマルキオー神官長が鼻で笑った。
「大神官のご理解があればこその今の立場をよくかみしめよ。貴様を危険視する者は多い。大神官のお情けがそう何度もあると思わぬことだ。下がれ」
学院長は苦々しげにマルキオー神官長をねめつけ、ローを連れて部屋を出ようとしたが、ローはついていかなかった。仲間の前に立ったローは、六人の顔を順番に見た。
「ごめん。僕がもっと早く父さんから聞いていれば、こんなことにはならなかったのに」
「お前のせいじゃないんだから、気にするな」
「大丈夫。絶対ここから出てみせるよ」
ラムダやシータに明るい調子で返され、ローはよけいに泣きたくなった。自分の力では、どう頑張っても皆を助けることはできないのだ。
「おおかた市長の息子という立場を売りにして仲間に加わったのだろうが、一人だけ玉が手に入らぬのはやはりみじめなものだな」
いつの間にかそばに来ていたマルキオー神官長が横目でローをあざ笑う。学院祭で聞いた陰口も重なり、ローはこぶしをにぎりしめた。
「市長の息子かどうかなんて関係ないでしょっ」
「俺たちが一緒に冒険しようと決めた仲間だっ」
鉄格子を蹴るシータたちを、静かにしろとオーネー神官がしかりつける。学院長が学院長だから不作法な者ばかりになるのだと嫌味を言うオーネー神官を、学院長は冷ややかに見やり、ローをうながした。
「僕が玉を手に入れれば、みんなを出してくれますか?」
「あてがあるというのか?」
瞳をすがめるマルキオー神官長からそらした視線を、ローは六人へと向けた。
「予定どおり、『食卓の布』の材料を集めてくるよ」
「馬鹿なまねはよせ。一人では無理だ」
「そうよ、私たちがここから出た後に一緒に行けばいいじゃない」
反対するタウやイオタに、ローはかぶりを振った。
「これは僕の試練だ。みんなが乗り越えてきたように、なしとげたらきっと玉が手に入ると思う」
「それは違う。俺たちが玉を手にすることができたのは、みんなが協力してくれたからだ。一人で動いても意味がない」
「でも僕は玉が欲しいんだ。みんなの仲間なんだという証が」
「仲間の証なんて、ずっと一緒に冒険してきたのになんでいまさら……!!」
「君はもう玉を持っているから、そんなことが言えるんだよ」
シータがはっとした顔になる。六人からのまなざしにローは腹が立ってきた。
「同情するのはやめてくれ」
「ロー、俺たちはそんなつもりは……」
ラムダの弁解を最後まで聞かず、ローは身をひるがえした。そして学院長とともに神法院を出た。
「タウたちは私が必ず助け出す。彼らが言うように、材料集めはみんなが帰ってからでも遅くはないだろう」
流れていく馬車窓の外の景色を眺めていたローは、学院長をちらりと見た。
「学院長も、教養学科生には何もできないと考えておられるのですか?」
「もしこれが本当に虹の森への道をひらくための試練だとしたら、七人で行動を起こさなければ玉は手に入らないと思うがね」
胸元の首飾りを触りながら学院長が答える。神法院に道を閉ざされたという学院長の言葉を、ローは思い出した。
「もし僕が命を落とすようなことになったら、タウたちの持っている玉はどうなるんですか?」
「もちろん消える。だから、ああして六人だけを縛りつけていてもいいことなど一つもない。それなのに連中は、玉の保持者の代わりなどいくらでもいると勘違いしている。玉を持っている他の集団の者を混ぜれば、虹の森へ行けると思っているんだ」
学院長は毒づくと、ローの手を取った。
「君の身に何かあれば、彼らはこの先ずっと悲しみを引きずっていくことになる。そのことだけは忘れずにいてほしい」
ローはうなずいたものの、半信半疑だった。本当に玉は消えてしまうのだろうか。それが本当なら、自分は間違いなく彼らの仲間だったということだ。だが死ぬことで明らかになるのはごめんだ。
やっぱり玉が欲しい。無事に苦難からはいあがって、最後の一つを手にしたい。あらためて決意したローは、学院長に家まで送ってもらった後、神法院での出来事を適当にはぐらかしながら両親に報告し、密かに冒険に出る準備を整えた。
そして翌日、登校するふりをして家を出たローは、最初の目的地であるレオニス火山へと向かった。