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虹の向こうへ  作者: たき
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(4)

 終戦の儀はそのままスクルプトーリス学院でおこなわれた。両軍ともに勲功のあった生徒が表彰され、特にタウに対しては大きな拍手がわいた。

 一回生ながら総大将を相手に奮闘したシータとピュールも呼ばれ、神法学科生からはファイとニトルが表彰者に加わった。スクルプトーリス学院の生徒たちは、今年自分たちを翻弄した『神々の寵児』をもっとよく見ようと、みんな首をのばしてざわめいた。そして無事に終戦の儀は終了し、今年の交流戦は幕を閉じた。

 その日の夜、ゲミノールム学院の大会堂で交流舞踏会が催された。色鮮やかな衣装で参加した生徒たちは、両側の壁に分かれて並んでいる。

 先に着替えて立ち話をしていたタウとラムダとファイは、現れたイオタとミュー、そしてシータを見て目をみはった。

「どう? 私たちの今日一番の会心作よ」

 イオタが得意げにシータの背中をたたく。

 いつも後頭部で一つにくくっている髪を下ろし、後ろで一部編んだ部分に大きなリボンをつけている。耳には小さな飾りをつけ、首飾りも控えめなものにした。足元が少しだけ透けている柔らかな薄青色のドレスに身を包んだシータは、あまりの恥ずかしさに顔がほてるのが自分でもわかった。靴は一番かかとの低いものにしたが、それでも慣れないので歩きにくい。

 イオタとミューに見立ててもらったものの、これほど女性らしい格好をすることは今までなかったため、全然自信がなかった。特に、隣で華やかに着飾った黄玉の姫であるイオタと、優しさと品の良さを存分に発揮したミューにはさまれると、なおさらだ。

「よく似合っている」

「印象がだいぶ変わるな。かわいいぞ、シータ」

 タウとラムダが笑顔でほめる。隣のファイは無言でシータを見つめていた。ファイから何か言葉が出るとは最初から期待していなかったが、反応がなさすぎてかえって不安になった。

「うわっ、もしかしてシータ?」

「本当にシータなのか?」

 そこへ剣専攻一回生たちがわらわら寄ってきた。

「化粧までしてる」

「すごいな。シータが女の子に見える」

「失礼ね。今まで何だと思ってたのよ」

 囲んでくる同期生たちに、シータは腰に手を当てて言い返した。

「お前、実はかわいかったんだな」

 エイドスが感心したようにつぶやく。パンテールたちもそろってうんうんとうなずいたことで、シータもようやく少し自信がもてた。

 そこへ、舞踏会の始まりを告げる鐘が鳴る。いよいよ最初のダンスだ。ピュールはどこだろうときょろきょろしたシータは、後ろでカツンととまった靴音に気づいて、ふり返った。

 舞踏会用の正装を着ているピュールが、目を見開いている。ピュールのことだから一言二言は馬鹿にしてくるかと警戒したが、予想に反してピュールは沈黙していた。

 隣に立ったピュールが正面を見据えたまま、すっと腕を差し出してくる。シータはその腕につかまり、ちらりと横を見た。タウとイオタも腕を組んでいる。そしてファイが腕を貸している女生徒の顔をシータは確認した。黄玉の投票では三位に入り、ダンスの練習のときはファイの相手を他の生徒に譲ろうとしなかったという炎の法専攻生は、きれいな顔立ちをしていた。

「気を散らすな。集中しろ」

 ピュールにささやかれる。ピュールの腕をつかむ手に、知らないうちに力が入っていたようだ。わきあがりかけた胸のざわめきを抑えるように、シータも前を向いた。

 壁の両側から、それぞれの学院の代表たちが中央へと進み出る。周りとほどよく距離をあけて立った二人組の生徒たちは、音楽にあわせて踊り始めた。

 やはり圧倒的な存在感で注目を集めるのは、タウとイオタだ。見た目はもちろんのこと、身長差も理想的で、観客たちからほうっと感嘆の息が漏れている。微笑んで互いを見合いながら優雅に舞う二人に、あちこちから小さな悲鳴すらあがった。

 今日はもう、ピュールはいちいち指示を出さなかった。むしろシータが間違えそうになると、さりげなく正しいほうへ誘導していく。最初からこうしてくれればよかったのにとも思ったが、なんだかんだとピュールが教えてくれたおかげで踊れるようになったのはたしかだ。口は悪いけれど、根の部分は面倒見がいいのだと思う。

 どうにか大きな失敗もなく無事に務めを果たすことができ、シータは一安心した。互いに向き合って一度お辞儀をし、またピュールの腕を取って戻ると、盛大な拍手に迎えられた。

「シータ、次は俺と踊ってくれ」

 さっそく声をかけてきたのはバトスだ。ピュールよりさらに背が高いバトスに、シータは渋面した。

「バトスは背が高すぎるよ。ピュールでもきつかったのに」

「ん? ああ、それでお前たち、あんなに密着して踊ってたのか」

 いつの間に恋人同士になったのかと思ったぞ、とバトスにからかわれ、「へ?」と目を丸くするシータの隣で、ピュールが舌打ちした。

「馬鹿馬鹿しい。こいつには好きな奴がいるだろうが」

 思考がとまった。あんぐりと口を開けてかたまったシータは、次の瞬間ピュールの胸倉をつかんだ。

「な、なんで……どういうこと? 私の好きな人って誰よ?」

「お前、自分のことなのにわからないのか?」

 眉間にしわを寄せたピュールが、「それくらい自分で気づけよ」と髪をかきながらため息をつく。

「それは興味深い話だな。シータの好きな奴って誰なんだ?」

「し、知らないっ」

 ずいっと顔を近づけてくるバトスに、ブンブンとかぶりを振る。

「じゃあ、最後のダンスは誰と踊るつもりだ?」

「最後? 適当に終わるんじゃないの?」

 首をかしげるシータに、周囲にいた同期生たちが脱力した。

「お前もしかして、最後のダンスの意味、知らないのか?」

 まさかこんな女がいたとは、とバトスも額を押さえる。

「いいか、シータ。この舞踏会の最後のダンスはな、『水の女神がまどろむ月』にある降臨祭の大事な前哨戦だ」

「降臨祭……って、恋人同士で過ごす日だって聞いたけど、戦うの?」

「例えだ、例え。降臨祭は女のほうからしか誘えない。だから男は、降臨祭ではどうか俺を誘ってくれって意味を込めて、毎年この舞踏会で最後のダンスを申し込むのが習いだ。それで女は、あなたを誘う予定ですっていう相手に声をかける。わかったか?」

 衝撃だった。まさか交流戦後の舞踏会にそんな意味があったとは。呆然としているシータに、バトスが笑顔で詰め寄った。

「それで、だ。お前は誰と踊りたいんだ?」

 ぱっと頭に浮かんだ人物に、シータは動揺した。

「えっ……ちょっと待って、私……ええっ!?」

「自覚あるじゃねえか」

 苦々しげに吐き捨てて、ピュールが去る。急に熱を持った頬を両手ではさむシータに、バトスがにやりとした。

「おー、いい反応だな。さあ、白状しろよ」

 シータは逃げようとしたが、同期生たちにまで包囲されて動けない。そのとき、次のダンスの曲が流れてきた。

「あ、ほら、みんな踊らないと。ねっ?」

 人差し指を立てて促す。シータの好きな人は気になるが、このまま群れているのも面白くないと思ったのか、パンテールやエイドスたちが互いを見合う。バトスが笑った。 

「まあいいだろ。踊るぞ、シータ」

「だから、バトスは背が高くて踊りにくいから嫌だって――」

「何言ってんだ。今日のお前、最高にかわいいんだから、踊らないともったいないだろ。付き合え」

「シータ、次は僕と頼むよ」

 バトスに無理やり引っ張られていくシータに向けて、アルスがひらひら手を振る。じゃあその後は俺、とエイドスが手を挙げ、その次は僕、とパンテールが続く。勝手にどんどん予約が埋まっていく中、シータは先ほど脳裏に浮かんだ人物を求めて、視線をさまよわせた。

 結局それからも踊る相手は途切れることなく、ゲミノールム学院の生徒からスクルプトーリス学院の生徒まで次々に踊り続け、ニトル、プレシオ、オルニスまで相手をしたところで、そろそろ休憩したいと訴えて、やっと解放された。

「お疲れ様、シータ」

「大丈夫か? げっそりしてるぞ」

 座って談笑していたミューとラムダのところまでよろよろとたどり着き、椅子に腰を下ろす。気遣う二人に、「もう無理」と愚痴をこぼし、シータは大きく息を吐き出した。この前の剣専攻の野外研修のほうがよっぽど楽だった気がする。

「タウとイオタ、いないね。どこに行ったのかな」

 かなり目立つ組み合わせだが、姿が見えない。周囲を見回すシータに、ラムダとミューが視線を交える。

「あいつらは、最後のダンスの頃には戻ってくるだろ」

 ということは、二人でどこかへ行っているのか。首をかしげるシータに、「まあ、いいじゃないか」とラムダがはぐらかす。

「最後のダンスと言えば、シータはどうするんだ?」

 これという相手がいない生徒は、最後まで残らず適当な時間に帰るらしい。

「あー、うん……ファイは?」

 踊りながらずっと探していたが、途中までいたはずなのに、いつの間にか消えていた。

「疲れたからちょっと休むって、会場を出ていったぞ。あいつも今年はずいぶん辛抱強く相手をしてたな。去年は最初のダンスがすんだら、さっさと帰ったのに」

「ファイ、本当に変わったわね」

 ミューが穏やかに微笑む。そのとき後方で「何ですと!?」という怒鳴り声が響いた。どうやらもし今回ゲミノールムが負けていたら、シャモアをスクルプトーリスに渡さなければならなかったらしい。学院長が賭けをするとはと責めるウォルナット教官とヒドリ―教官に、奇跡のパンに願っていたから大丈夫だと確信していたと、ヘリオトロープ学院長はすまして言った。では学院長は何を要求したのかとケローネー教官が尋ねたが、学院長は答えなかった。

 曲はずっと流れ続けているので、まだダンスに興じている生徒たちは少なからずいた。バトスは今度はスクルプトーリス学院の女生徒と楽しそうに舞っていた。その近くでは、ラボルとウェーナが踊っている。それでもさすがに最後のダンスが近づいてきているせいか、一息ついたり、早くも相手に声をかけたりしている生徒が徐々に増えている。反対に帰り支度をしている者もいた。

 舞踏会が始まってから、ファイとはまだ一度も話をしていなかった。このまま帰ってしまったらどうしよう。

 でも、いたらいたで困る。まだ心の準備ができていないのだ。

 ピュールとバトスのせいで気づいてしまった気持ちを、どうもっていけばいいかわからない。

 もし、拒絶されたら?

 そんなことになったら、一緒に冒険するのが難しくなる。バトスの集団に女生徒を入れない理由が、今のシータには痛いほど理解できた。

 まだ来年もある。このまま、今年は黙っていたほうがいいかもしれない。

 やっと仲良くなれたのだ。これ以上欲張ってはだめなのではないか。

 膝上でドレスをぎゅっとにぎりしめるシータを見ていたミューが、ぽつりと言った。

「自分から言うのって、怖いわよね。私も、ずっとそうだったわ」

 はっと顔を上げたシータに、ミューは薄紫色の双眸を弓なりにした。

「私は一年延ばしたの。勇気が出なくて……結果として、私たちにとってはそれでよかったけれど」

 隣でラムダがいぶかしそうにしている。そこでミューの視線が動いた。たどってみると、タウとイオタが並んで会場に入ってくる姿が見えた。

 何となく二人の雰囲気が違うような気がする。互いに目をそらしているのに、肩が触れ合うくらい寄り添っている。手をつないでいたのだ。

「シータらしく進めば、きっと大丈夫よ。あなたの札は翼だから」

 周辺がざわつきだした。最後のダンスがまもなく始まると、進行係が大声で伝えている。

 ラムダが立ち上がり、ミューに手を差し出す。その手を取って立ったミューは、ラムダの腕につかまって歩いていった。

 タウとイオタも腕を組んでいる。それを見た女生徒たちが悲鳴と泣き声をあげた。

 やがて会場の出入り口にファイが現れた。何人かの女生徒がファイに駆け寄る。その中には、あの炎の法専攻生もいた。

 シータが腰を浮かしたとたん、前面に男子生徒たちが壁を作った。顔見知りから名前のわからない人まで、複数の男子生徒がダンスを申し込んでくる。

「ごめんなさい、通して」

 行く手を遮って話しかけてくる生徒たちをかき分けながら、シータは急いだ。瞳には一人しか映っていない。

 炎の法専攻生がファイの腕をつかまえている。ファイは真顔で何か言い、その手をそっとほどいたが、女生徒はなおも追いすがっていた。

 あと少し、もう少しで届く距離で、シータの手を誰かが引っ張った。何度もダンスの相手を申し込んできた、スクルプトーリス学院の生徒だった。

 ファイの視線がシータのほうへ流れる。青い瞳がシータをとらえた。

「放して」

 強引な誘いを振り払い、シータは走った。

「ファイ!」

 ドレスのすそを蹴り上げて向かうシータに、ファイの目が大きくなる。もっと優雅に歩み寄るつもりだったのに、結局シータは勢いをとめられなかった。

 ドンッと体当たりする形で抱きつく。正確には、最後の最後で転びそうになったのだ。

 初めての出会いが脳裏をよぎる。ただ一つ違うのは、ファイのほうからも支える手がのびたことだった。 

「……君の突撃癖にもだいぶ慣れてきたけど、そろそろどうにかしてもらえないかな」

 何とか吹っ飛ばされずに踏みとどまったファイが、ふうとため息をつく。

「ご、ごめんなさい……あの、ファイ……」

 やっぱり迷惑をかけてしまった。それでも思いを伝えたいと顔を上げたシータは、すぐ近くでファイと目があい、ドキリとした。

「最後のダンスは、適当に知り合いと踊るわけにいかないのはわかってる?」

 シータはうなずきかけて、血の気が引いた。

「あ、その……ファイが他に踊りたい人がいるなら……」

 自分を見たからといって、受け入れてくれるとはかぎらないのだ。こうして抱きとめているのも、自分が飛びついたからで――その可能性を思いつき、シータは慌てて離れようとしたが、ファイは逃がさず瞳をすがめた。

「返事しだいで手を放すよ。どっち? たまたま僕が目についたから?」

「…………ファイと踊りたい」

「じゃあ、行こう」

 あっさり解放してから今度はシータの手を取るファイに、シータは驚惑した。

「いいの?」

「自分から飛び込んできておいて、それを言うの?」

 ファイが軽く眉をひそめる。そしてファイはそのままシータの手をひいて歩き始めた。

「正直、あの状態じゃ無理かなと半分あきらめてたんだけど」

 シータを追いかけてきた男子生徒たちが、二人に道を開けていく。

「私も、だめかと思った」

 ファイを取り囲んでいた女生徒たちも、もうついてこない。

「……一つ、言いたかったことがあるんだ」

 相手の決まった二人組が最後のダンスの場へと集まっていく。その流れに乗りながら、ファイはシータを見やり、また前を向いた。

「……ドレス、似合ってるよ」

 かあっと顔がほてった。うつむいたシータは、つないでいた手にちょっとだけ力を込めた。

 ファイもにぎり返してくる。ピュールほど身長差がないので、きっとちょうどいい目線になるだろうが、はたして間違えずに踊れるだろうか。

 それでも、勇気を出してつかんだこの大切な時間をしっかりと堪能したい。ファイの肩にそっと手を置き、最初の立ち位置を整えたシータは、曲の始まりとともに思い切って顔を上げた。

 無表情を取り繕おうとするファイが自分と同じ気持ちなのを感じ取る。つい笑みを漏らしてしまったシータに、ファイは一度ふいとよそを向いたが、またそのまなざしがシータへと戻った。

 今度はそらさない。曲が終わるまで、二人はお互いだけを瞳に映し続けた。

 


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