(2)
早朝、ゲミノールム学院の大会堂では、出陣式がおこなわれた。学院長が激励の言葉をかけ、総大将であり『黄玉の騎士』でもあるタウが戦にかける意気込みを壇上で語り、最後にタウのかけ声にあわせて武闘学科生は武器を、神法学科生は杖を、そして教養学科生はこぶしを高々とあげた。
表へ出た生徒たちはそれぞれ、馬や馬車に乗った。生徒たちの緊張が伝わったのか、馬も鼻息を荒くして足踏みしている。風の法専攻生が全員『翼の法』を唱え、あざやかな青色の広がる空へと上昇した。
先に配置につくため、アレクトールの隊と教養学科生の隊、レクシスの隊、救護や建物の防御にあたる水の法専攻生や大地の法専攻生の隊が出発する。ラムダの隊が学院の門の内側に整列し、シータたち先鋒隊がさらにその前に並んで、開戦の合図を待った。
町の時計台が鐘を九つ鳴らす。法塔の鐘がそれに唱和すると同時に、シータたちはいっせいに馬を駆けさせた。
「飛ばしすぎ。少し速度を落として」
途中で隣に飛んできたファイに言われ、先頭を行くシータははっとしてピュールと視線をあわせた。それでなくとも初めての交流戦で興奮しているうえに、二人が並んでいるものだから、お互い闘争意識がむくむくとわいてきてしまったのだ。
肩ごしに後ろをかえりみると、確かに突出しすぎていた。シータははやる気持ちを落ち着かせ、一定の速度を保つよう心がけた。
ファイは二人の走りが安定するのを見届けると、一度上空へあがった。ニトルはファイの斜め後ろを飛行している。そのまま先鋒隊はセムノテース川の下流付近を通過してケントウムの町に入った。上流ではすでにアレクトールたちの戦闘が始まり、両学院の風の法専攻生が空中戦を繰り広げているのも遠目に見える。
ニトルが肩を並べてくる。前方を向いたファイはこちらに近づいてきている敵の隊を確認した。その後方には風の法専攻生の集団がある。
ファイが先鋒隊に合図を送ると、隊の中央にいた副隊長のウィルガが指示を出しながら前に出てきた。走りながら陣形を整える先鋒隊の動きはなかなか統制がとれている。
「攻撃しますか?」
「うん……いや、ニトルは防御を。炎の法専攻生がまじってる」
一見騎馬隊のようだが、ファイは前から二列目にいる生徒を見逃さなかった。鎧を着てマントをひるがえすその生徒の顔には見覚えがある。去年ラムダたち二回生の隊を罠にかけて壊滅寸前にさせた神法学科生だ。
右手をファイたちに見られないよう隠している。マントの下で杖をにぎっているのだろう。
ファイは炎の法専攻生の存在とニトルの防御をウィルガに伝えにいった。敵は神法学科生も馬を操るのかと、先鋒隊にざわめきが広がった。
両軍の鎧につけられた護符は模擬戦と同様、動けなくなるまで体力を消耗するか、命をおびやかすほどの攻撃を受けたときのみ反応するようにできているため、そのほかの傷は戦闘の間で水の法専攻生に癒してもらわなければならない。また護符が発動した時点で、その生徒は戦闘不能と見なされ、戦線を離脱する決まりがあった。
「ファイさん、あれっ」
防御呪文を唱えかけたニトルが悲鳴に近い叫び声をあげる。後方にいた風の法専攻生の隊が急に速度をあげてきていた。おそらく『嵐の法』をぶつける気だ。
「そのまま続けて」
ニトルは青ざめた顔で詠唱を続行する。ファイは単身で敵の騎馬隊の頭上を過ぎながら、『剣の法』を口にした。
騎馬隊にまぎれた炎の法専攻生の攻撃をニトルの風が防ぐのと、ファイが風の法専攻生に炎の波をたたきつけるのがほぼ同時だった。ファイは無数に放たれた風の刃を余裕でかわしたが、相手は飛んできたのが炎であったことに驚いたのか防御が遅れた。致命傷までは与えられなかったものの、数人が落下していく。なんだあいつはと敵の神法学科生が騒ぎ立てている間に、シータたちが無傷のまま敵の騎馬隊に突っ込んだ。法術を破られた神法学科生が武闘学科生にかなうはずがない。彼はあっさりとウィルガに討たれた。他のスクルプトーリス側の生徒も次々に馬上から落とされていく。どうやら炎の法の奇襲で乗り切る一回生中心の小隊として構成されていたようだ。
両軍の本隊は接近しつつある。数はゲミノールムのほうがやや多いか。
ファイは生き残った風の法専攻生の隊と距離をあけて対峙した。ファイの杖を見て彼らはぎょっとした容相になった。
「こいつ、『神々の寵児』か!?」
一対五であるのに、彼らは完全に尻込みしていた。攻撃と防御に役割を分ければよいものを、動揺しているのかそんな簡単なことすら考えつかないようだ。
このままにらみあうのは時間のむだだ。ファイは自分から仕掛けることにした。まず風の神の使いを呼び出して自分の防御を任せる。同属性だと威力は半減するため、ファイは炎のつぶてを相手に連射した。
使いを操りながら自身も別の法術を使うという高度な技に、敵の神法学科生はほとんど恐怖に目を見開きながら逃げ回り、むちゃくちゃに『嵐の法』を放ってきた。冷静さを失った彼らをファイは片っ端からつぶしていった。地面に落とせば味方の武闘学科生がとどめを刺してくれる。一回生だった去年は連絡係として飛んでいたし、ラムダの隊が罠にかかってもあまり力になれなかったが、今年は違う。すでに戦意損失して泣きそうな顔の最後の風の法専攻生をファイが墜落させると、ちょうど近くにいたシータが剣をなぎ、相手の護符が発動する。彼は立ち上がる気力もないらしく、おびえた様子でファイを見上げていた。
下の戦いも決着がついていた。ファイが下りていくと、レーノスがよくやってくれたと笑顔で礼を言ってきた。だが敵の本隊もまもなく到着する。ラムダの指揮する隊と乱戦になる前に少しでも敵の戦力をけずらなければならない。ファイは武闘学科生にかけられた鎧の法の効果が弱まってきているのを感じてあらたにかけなおしたが、少数で相手の大軍に突撃すれば、全員無事に乗り切ることはまず不可能だろう。先鋒隊をどれだけ生かすことができるか、ここが正念場だ。
「ファイ、最初からそんなに力を使って大丈夫?」
「回復剤を持ってきているから」
心配げに尋ねてくるシータに答えたところで、ファイはレーノスに呼ばれた。
「この先の四つ角の手前に空き地があるはずなんだが、見てきてくれるか?」
ファイとニトルは周辺をぐるりと一回飛んだ。敵の風の法専攻生はすべて排除したので、こちらの動きを見破られる心配はない。
異常がないことをファイとニトルが報告すると、レーノスは先鋒隊を全員そこへ移動させた。そして敵の本隊が通るときに横から攻撃する作戦を、ニトルからラムダの隊に伝えてもらう。
ファイとニトルは先鋒隊とは反対の右側の大通りの上空を何度も旋回した。こちらの隊が大通りにいるよう見せかけるためだ。そうすれば敵はこちらの奇襲を警戒して、大通りよりはややせまい、一本隣の道を進もうとするはず。だがその道は空き地に面しているため、先鋒隊の突撃にさらされることになる。
さらにファイとニトルは敵本隊を三分割する役を担った。小分けにすれば大軍も怖くない。あとは本隊の中にひそんでいる神法学科生に注意するだけだ。
やがて敵本隊が迫りきた。空から偵察できる風の法専攻生がいないせいか、敵はファイたちが分断しなくても先鋒隊をあらたに結成して送り込んできた。敵先鋒隊はレーノスたちのいる小道に入り、残る本隊はそのまま大通りを進行していく。自軍先鋒隊が敵先鋒隊を襲撃するのを見て、ファイとニトルも敵本隊に攻撃をしかけた。だが神法学科生が予想より多くまじっており、二人の風の刃は飛んできた炎とぶつかりあい、相殺された。
大通りのほうにゲミノールムの先鋒隊がいないとわかり、敵本隊は一気に馬の脚を速めた。その正面にはラムダたちの隊の姿がある。味方本隊についていた風の法専攻生が飛来してきたので、ファイは先にニトルをレーノスの隊に戻し、さらに置き土産として敵本隊に『枷の法』をまとめてかけた。いきなり馬の脚がとまったせいで、敵の武闘学科生たちはそろって身を投げ出されて地面に落ち、そこへラムダの隊が突進してくる。後を味方の風の法専攻生に任せ、ファイも先鋒隊の援護に復帰した。
奇襲のおかげでレーノスの隊ははじめ優勢だったが、敵先鋒隊にも神法学科生がいたらしく、炎のかたまりが飛びかっていた。敵と戦いながら炎をよけるのはさすがに難しく、味方の数人が戦線離脱している。ファイたちが帰ってくると敵の神法学科生の攻撃が二人に向いたため、ファイとニトルも法術で応戦した。
スクルプトーリス学院も風の法専攻生はあまり戦力にならないのか、相手側はファイとニトルの強力な攻撃に驚惑したらしい。あせったさまで法術を放つ彼らに、シータとピュールが戦いながらにじり寄っていく。本当は先につぶしたかったのだろうが、今までは法術に妨げられて思うようにいかなかったのだろう。だがファイたちに気をとられている今なら、すきを見て攻撃できる。そしてここという距離で一気に踏み込んだシータとピュールは、次々に神法学科生を戦闘不能状態に追いやっていった。
勝敗がつきかけたところで、敵の先鋒隊が本隊のほうへ駆けはじめた。全滅する前に合流するつもりなのだ。だがファイとニトルが風を起こして進路を封じたために逆に逃げ道を失った彼らは、ウィルガやオルニスたちに追い詰められて討たれた。
まだ余力がある者たちはすぐに本隊の援軍に向かうことになったが、けがをしている者は先に傷を治してから戦いに復帰することになった。邪魔にならないところで戦況を見守っていた水の法専攻生たちがばらばらと走ってきたが、その中にウェーナの姿があったのでラボルが嬉しそうな顔をした。
「大丈夫、シータ? すぐに治療するわね」
「シータの次は僕も頼むよ」
座り込んで切られた左腕の具合をみていたシータに、ウェーナが寄ってくる。ラボルが鼻息荒く手を挙げる隣でピュールがかすかに口角を上げた。
ウェーナが『治癒の法』を唱える。とたん、シータは激痛に襲われた。
「いたたたっ! 何!? ちょっと待って。やめてーっ!」
急速に傷がふさがっていく左腕を押さえて叫ぶシータに、ラボルは挙げていた手をそろそろと下ろし、ピュールはげらげら笑いだした。
治りは非常に早かったが、どっと疲れが出てシータはその場にあおむけに倒れた。
「えっと、次は……」
ウェーナがラボルをふり返ったとき、ラボルの姿はどこにもなかった。
「あら? おかしいわね。どこにいったのかしら」
ウェーナはあたりを見回し、最後にピュールのほうを向いたが、ピュールはほとんどけがらしいけがをしていなかったので、他のけが人を探しにいった。
「だからやめておけと言ったんだ」
まだ笑っているピュールを涙目でにらみ、シータはゆっくりと上体を起こした。
「何なの、いったい。同じ『治癒の法』でもミューやファイは全然痛くないのに」
「お前、水の法も神法士によって威力が違うのを知らなかったのか?」
ピュールは笑うのをやめてあきれ顔になった。
「他の法術と同じで、水の法も発動するまでに時間がかかる者もいれば、ウェーナみたいに異常に早い者もいる。当然効き目も強弱がある。術の弱い者や時間のかかる者はもともとの能力が低い可能性があるからどうしようもないが、早すぎて強い場合は神法士自身が調整できるように訓練する必要がある。特に水の法は治療が早すぎると、今のお前みたいになるからな」
ということは、ミューやファイは相手が痛くないよう調節していたということなのか。
「あいつの治癒はかなり早いから神法士としての能力は高いんだろうが、まだ制御の仕方を覚えていないんだ」
あちこちであがる悲鳴を目で追いながらピュールが言う。まさか『治癒の法』にも痛みをともなう場合があるなど、想像していなかった。治すのだから痛くないのは当たり前だと思っていたのだ。
「そろそろ行くか。のんびりしていたら手柄が立てられなくなるぞ」
ピュールが馬にまたがったため、シータも自分の馬を引いてきて乗った。並んで走りはじめて、シータは横目にピュールをとらえた。
傷を負っていないのだから先に行ってもよさそうなものなのに、まさか自分の治療が終わるまで待っていたのだろうか。
務めを終えたウェーナが脇へよけて手を振る。二人は争うように本隊へと馬を馳せた。
一方、ゲミノールム学院教養学科生によって構成された隊は、レオニス火山に身をひそめていた。火山を少し過ぎたあたりに、大地の法専攻生が二人に炎の法専攻生が二人立ち、現れた敵の軍を余裕の表情で待ち受けている。
敵の騎馬隊はそれほど数は多くなく、レオニス火山のあちこちではためくゲミノールムの学院旗にも気づいたようだった。彼らは馬の脚をとめ、しばらくレオニス火山と四人の神法学科生を交互ににらんで相談を始めた。
旗は兵がいるように見せかけているだけだという意見もあれば、罠だという慎重な声もある。隊長らしき生徒は結局そのまま突撃すると指示を出し、騎馬隊が再び進軍を開始した刹那、炎の法専攻生の一人が杖を高々と突き上げた。
「かかれーっ」
ヘイズルの命令とともに、鎧をまとった教養学科生たちがわめきながら一気に山を駆け下りる。スクルプトーリス側の騎馬隊はぎょっとしたさまですぐに馬の鼻先を変えると、そのまま来た道を全速力で引き返していった。
見事に敵を追い払ったことに、ヘイズルがこぶしをかかげ、教養学科生たちも呼応する。歓声はしばらくの間、山を震わせるほど響いていた。
フォーンの町の北部を守るレクシス率いる炎の法第一部隊は、猛進してきた敵に『剣の法』で応戦した。ところが敵が直前で二段編成に形を変えたため、炎の攻撃をまともに受けたのは最初の隊だけだった。さらにレクシスたちが次の詠唱を終える前に、後方の隊は通過してしまった。普通なら法術にひるんで動きがにぶりそうなものなのに、彼らはあまりにもあざやかに駆け抜けていったのだ。
手綱さばきも統制もどこか他の隊とは違う。鎧の上にさらに赤いマントをつけた彼らは、かぶりもののせいで顔がはっきり見えなかったが、危険な隊だとレクシスは判断した。突破されたことを本陣に伝えるべく風の法専攻生を送る。ところが風の法専攻生は敵小隊を追い越したあたりで、不意に炎のつぶてを受けて落下した。あの中に炎の法専攻生がまぎれこんでいたのだと知り、レクシスは慌てた。
何とか本陣に知らせなければ。しかし敵の神法学科生のあらたな後続小隊が見えたため、ここで動くことはできない。先ほど落ちた風の法専攻生を味方が見つけてくれることを祈り、レクシスは唇をかんだ。
セムノテース川をはさんだ戦いが互角だという情報が届き、タウはバトスの隊を向かわせることにした。レオニス火山からは敵を追い返したという吉報が入り、予想より早くぶつかった本隊同士の勝敗は自軍が制し、追撃しながら進軍中だとの連絡を受けた。レクシスの隊からはまだ報告がないが、敵軍の人数から考えてそれほど大勢で攻撃してくることはないだろう。
「先鋒隊の離脱者は四人か。優秀、優秀」
おもしろくなさそうに吐き捨てるバトスにタウは苦笑した。まだ先鋒隊隊長の座をあきらめていないらしい。
「早く行け。セムノテース川の決着がつけば、スクルプトーリスを攻めるのもそれだけ早まる」
「はいはいっと。総大将命令には従いますよ」
バトスは馬にまたがると、自分の隊を率いて出陣した。
「あのふざけた性格は何とかならないの?」
イオタがあきれ顔で寄ってくる。
「実力は保証する。行動も早いから増援部隊として送るには適任だぞ」
本人は陰の功労者よりも華々しく活躍するほうが好きだろうがなと、タウは笑った。
そのときだった。
「防御と罠が解除されましたっ」
本陣の守りを担当していた大地の法専攻生が足をもつれさせながら走ってくる。驚いたタウの耳を味方の悲鳴が立て続けにうった。
赤いマントの騎馬隊が乗り込んでくる。敵将らしき相手の振りかざした剣をタウは剣ではね返したものの、相手は隣で詠唱しかけたイオタを抱きさらった。
「イオタ!?」
気絶させられたのか、イオタは目を閉じてぐったりと敵の胸にもたれている。かぶりものをはずした敵将にタウは息をのんだ。
「黄玉の姫はいただいていく。取り戻したければスクルプトーリスへ来い」
レイブンが高笑いをして去っていく。たった五騎で現れた敵総大将に、ゲミノールムの武闘学科生は剣や槍を突きつけるが、一閃のもとに切り捨てられた。倒れた生徒を敵兵が馬で飛び越えてレイブンの後を追う。
「タウ!!」
入れ違いに近い形でバトスが本陣へ戻ってきた。自分の馬を用意するタウに駆け寄る。
「途中でレクシスの伝言をもった風の法専攻生を拾った。神法学科生を連れた妙な一団が……おい、どこへ行くつもりだ?」
乗馬したタウはバトスをふり返った。
「その妙な一団はレイブンだ。たった今、大地の法の守りを解除して侵入してきた」
「まさか!? 総大将自らが少数で突っ込んできたというのか?」
「イオタがさらわれたんだ」
バトスの容相が変わる。不意のこととはいえ、目の前でイオタを連れ去られたことにタウは歯がみした。
「お前は予定どおりアレクトールのほうに行け。俺はラムダの隊に合流する」
「無茶だ。総大将がむやみに出ていくものじゃない。せめてセムノテース川の決着がつくか、ラムダたちが向こうの本陣をある程度崩してからにしろ」
だがタウは聞かなかった。近衛兵であるアルスたちが全員準備を整えたことを確認すると、本陣に控えていた風の法専攻生二人にそれぞれ伝令を託した。一つはレクシスの隊に、アレクトールの隊の援護に向かえと。もう一つは本隊に、自分が行くまでその場で待機するようにと。風の法専攻生が発つのを見送ると、タウは出陣すると短く言って馬の脇腹を蹴った。
「タウ!? ちっ、この馬鹿が」
舌打ちしたバトスはアルスの隣に馬を並べた。
「アルス、お前は俺の隊を連れてアレクトールのもとへ向かえ! 俺がタウについていく」
「そんなあ! 僕だってタウさんと一緒に行きたいのにっ」
「黙れ、命令だ」
「ずるいよ、バトス」
アルスはふくれっ面になったが、バトスはすでにタウを追っていってしまった。残されたバトスの隊の生徒たちがとまどった表情で立ちつくしていたので、アルスはやむなく彼らのもとに馬を進めた。
バトスのほうは学院を出たものの、タウの姿がかなり先にあるのを見て馬を飛ばした。早駆けではタウより上のバトスでさえ、追いつくのにかなり苦労した。
「待て、タウ! 後ろがついてきていない。あせるなっ」
「バトス? どうしてお前がいるんだ」
速度をゆるめながらタウがふり返る。
「お前、俺は突っ走るからだめだとか言っておいて、なんてざまだ。アレクトールのことなら心配するな。アルスに任せた」
「総大将命令を無視する気か?」
「アレクトールと仲良く防衛するより、お前についていったほうが面白い」
タウは眉をひそめた。そしてバトスに注意されたとおり、自分の近衛隊がはるか後方にいるのを肩ごしに見やり、馬の脚をさらに遅らせる。
それからは、ただひたすら前だけを見据えた。レイブンへの怒り、自分自身への憤り、そしてイオタの身を案じる気持ちが頭の中で混ざり合い、渦巻いていた。