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虹の向こうへ  作者: たき
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(1)

第二回目の交流戦作戦会議が、放課後に野営学教室でおこなわれた。今回は総大将と各部隊の隊長、副隊長の他に、武闘学科の両専攻からは学年ごとに二人ずつ、神法学科生も各専攻ごとに学年で一人ずつ代表が出席した。

 シータたちは生徒の名前が書かれた隊の名簿をいくつか配られた。先鋒隊の名簿は先にもらっていたが、変更はないようだ。隊長は剣専攻三回生のレーノス・クラーンで、副隊長は槍専攻三回生のウィルガ・ベークス。二人とも今日の会議には出席している。レーノスはあまり声を荒げることがない落ち着いた人物だし、ウィルガもむやみに喧嘩を売りそうにない。切り込み部隊なので気性の激しい人間が多いのかと思ったが、この二人が上に立つなら隊の統率もとれ、少々のことでは乱れないかもしれない。

 戦力の要ともいえる一番大きな部隊の隊長はラムダで、勝敗を左右する可能性があるセムノテース川を守る部隊の指揮はアレクトールがとる。また、シータたち先鋒隊はラムダの隊の先駆けとしてできるかぎり敵を排除するのが役目だが、先鋒隊を援護する風の法専攻生がファイとニトルだけということに反対はなかった。模擬戦では使う法術に制限があったファイも、今回は全部の法術を使ってよいと学院長から許可が下りている。ラムダの隊にも風の法専攻生はつくが、ファイはラムダの隊に何かあれば、先鋒隊をニトルに任せてすぐ本隊に駆けつけるようにと言われた。

 炎の法専攻生はいくつかの隊に分かれ、カロ市の北部で敵の進攻を阻止するのはレクシス・ホーラーの第一部隊が請け負った。南部のレオニス火山側には教養学科生の隊を置くというタウの案に、出席者からどよめきがあがった。教養学科生の参加は禁じられてはいないが、実際に隊を編成した例はない。大丈夫かという声を鎮め、タウは説明した。道には神法学科生を数人立たせておくだけにして、いかにも罠がありそうに見せかける。さらにレオニス火山に鎧を着た大勢の教養学科生をひそませ、学院の旗を木々の間でちらつかせておく。敵はおそらく警戒して迂回するはずだと。もし罠を覚悟して突撃してきた場合、教養学科生には一気に山を駆け下りてもらい、その勢いで敵を退けると。そのまま教養学科生は町へ逃げ、神法学科生が援護する。この会議で承認されるなら、明日にでも希望者を募るという。さまざまな意見がかわされ、多数決で教養学科生参戦の案は可決された。

 本陣であるゲミノールム学院の闘技場はタウが近衛兵のアルスたちと守り、イオタの率いる炎の法専攻第二部隊と、大地の法専攻部隊を配置。さらにバトスの隊もはじめは本陣にとどまり、戦況に応じて移動してもらう。本陣を守る武闘学科生の数が少なすぎないかという意見が出たが、レイブンは自軍本陣の守りをかためるだろうから、こちらは攻めに力を入れたいとタウは答えた。またイオタが出ることには、バトスを含め数人が難色を示した。黄玉の姫が参戦するなど聞いたことがないと。

「去年はおとなしく見物していただろう」

「去年は去年、今年は今年よ」

「本当にいいのか? 一つ間違えば『戦利品』になるんだぞ?」

 各校の代表は、他校の行事に出席するためだけの存在ではない。交流戦に参加して敵に討たれ、さらに自軍が負けたとき、その代表は相手側の凱旋の際に『戦利品』として引き回されるのだ。

 何度も確認するバトスにイオタは「しつこいわね。出ると言ったら出るのよ」ときっぱり断言し、タウも「そういうわけだ」と苦笑した。炎の法専攻三回生代表だけあって、イオタは確かに戦力になる。加わってくれれば心強い。

 水の法専攻生と大地の法専攻生には本陣の他、本隊とセムノテース川で戦う隊、さらに町に待機する人数の振り分けを頼んだ。そして風の法専攻生は戦闘に付き添う生徒以外、偵察や伝達の任務を主に任されることになった。敵の攻撃をかわして飛び回らなければならないし、状況によっては参戦もありうる。臨機応変な対応が求められる難しい役だ。風の法専攻一回生代表のニトルは今から緊張しているのか少し顔色が悪かったが、二回生代表のファイは眉一つ動かさず話を聞いていた。目があったのでシータがにこっと笑うと、会議中だよと言いたげなあきれ顔ですぐに視線をそらされてしまった。

 次回の会議は部隊ごとに集合しての話し合いとなる。会議終了後、シータはさっそくレーノスたちに呼ばれたので、同じように声をかけられたピュールやオルニス、ファイ、ニトルとともに二人の前に立った。そこで三日後に先鋒隊の会議を開くことを伝えられ、シータは会議の場を退いた。



 三日後の放課後、シータは同じ先鋒隊のラボル・ヘスペラーを連れて地理学の教室に向かった。剣専攻一回生で選ばれたのは二人だけなのですっかり舞い上がっているのか、ラボルはずっと一人でしゃべり続けている。さらに教室が近づくと今度は身なりを気にしはじめ、ごみがついていないかと何度もシータに尋ねてきた。それからラボルは急に黙ってしまったので、シータは失笑した。自分も作戦会議に何度か出ていなければ、極度の緊張で落ち着いていられなかったかもしれない。

「もうだめ。腹が痛い。シータ、どうして平気でいられるんだ?」

 あと少しで着くというところで、ついに立ちどまったラボルがぼやく。知り合いが数人いるからかなとシータは答えた。先日合同演習で顔をあわせたものの、普段は接触する機会がない槍専攻の二、三回生はやはり怖い存在だが、オルニスはいるし、何と言っても副隊長のウィルガと先に顔見知りになったのは大きい。

 二人のことを話すと、こわばっていたラボルの顔が少しやわらいだ。ようやくまた動きだしたラボルと一緒に角を曲がったところで、シータは目をみはった。

 教室のそばでピュールが女生徒と話をしている。また告白だろうかと思いながら歩いていくと、二人がふり返った。

「何だよ、まさか恋人か?」

 ラボルにひやかされ、ピュールは眉間にしわを寄せた。

「違う。こいつは……」

「初めまして。ピュールのいとこのウェーナ・アクワーリーです」

 淡黄色の長い髪を二つに分けてくくった、明るい灰青色の瞳の少女が元気よくあいさつする。屈託のなさそうな笑顔を向けられ、ラボルがほんのりと頬を赤らめた。

「こっちはいとこだと認めていないけどな」

「伯父さんたちの頭がかたすぎるのよ。お母さんが剣士と結婚したからって絶縁するなんておかしいと思わない、シータ?」

「ああ、うん……って、どうして私の名前を知ってるの?」

 ダンスの合同練習も何度かあったから、そのせいだろうか。

「知らないの? シータって女の子の間で評判なのよ。模擬戦のときも格好よかったけど、武闘学科初の女性代表だから。そうそう、いつも一緒にいるパンテールもモテるわね。なぜか、性格が最悪なこのピュールまで人気があるのは納得できないけど」

 ラボルが噴き出す。ピュールは余計なお世話だと怒った。

「用がすんだのならさっさと行け。こっちだってこれから会議なんだ」

「はいはい。じゃあ、またね」

 ウェーナはピュールとシータたちに手を振って、廊下を駆けていった。何の用だったのか聞くと、水の法専攻生の配置予定場所が記された地図を持ってきたのだという。

「かわいい子だったなあ。次のダンスの練習、声をかけてみようかな」

 ウェーナの去った方向を見つめるラボルに、ピュールはにやりとした。

「ダンスはともかく、あいつに治療を頼むのはやめたほうがいいぞ」

「何でだよ?」

 むっとした顔になるラボルに、ピュールはそれ以上答えず教室に入っていく。シータも文句を吐くラボルをうながして中に入った。

 全員がそろったところで、隊長であるレーノスがまずあいさつし、順番に自己紹介をしていった。一回生は剣専攻生も槍専攻生も二人ずつ選出されていて、シータとピュールは最前列に配置されることが決まった。

 話し合いの間、皆の目は一番端に座っているファイとニトルにちらちら向けられた。二人とも会議に口をはさむことなくずっと黙っているのに、妙に存在感がある。先鋒隊がどれだけ生き残れるかは二人にかかっているといっても過言ではないため、レーノスとウィルガも二人には気をつかっているようだ。特にファイはまったく表情を変えず反対も賛成もしないので、実際どう思っているのか読めないらしい。ファイはちゃんと話を聞いているのかと、助けを請う視線を投げてきたウィルガに、シータは大丈夫だと合図を送った。多少無謀な計画でもファイなら成功する方法を探すだろうし、黙っているのはその方法を考えているからか、もしくは計画自体に特別問題がないからなのだが、ファイと付き合いのない人間は不安になるのだろう。そういえば、仲間に加わって間もない頃は自分もファイの反応が気になっていたなと、シータは小さく笑った。

 話し合いに区切りがついたところで会議は終了した。隊長と副隊長のおかげか、両専攻の間でもめることはなかった。この状態なら本戦でもうまくやっていけそうだ。シータはラボルと帰ることにしたが、ラボルの話題の中心はもっぱらウェーナのことだった。どうやら一目ぼれしたらしい。確かにウェーナはかわいいし、ピュールと血がつながっているとはとても信じられないほど親しみやすい雰囲気をもっていた。友達になれば楽しそうだと考えながら、シータはラボルを応援した。



 一方、バトスとともに本陣を守る生徒を集めて作戦を練っていたタウは、解散後もある部隊の名簿を凝視したまま動かなかったので、バトスに首をかしげられた。

「どうかしたのか、タウ?」

 イオタもタウの表情を見てそばに寄ってくる。タウは「いや……」と答えたものの、やはり手の内の名簿から目を離さなかった。

「教養学科生の参加者はたしかこれで確定だったな?」

「ああ、昨日しめきった。予想以上の人数になったな。これなら敵も怖気づいて逃げるだろう」

 教養学科生たちも今回の募集を知って大騒ぎだったという。広告を出して一日でかなりの希望者が殺到したと、受付係だったバトスは嬉しそうに言った。

 名簿にはヘイズルやその配下の名前も並んでいる。だが、タウが期待していた生徒の名前は何度見ても載っていなかった。

 絶対に参加すると思っていたので、タウはただただいぶかしんだ。

 少し前に学院に充満した闇の気の影響で崩れた体調が、まだよくなっていないのだろうか。それとも生徒会の仕事が忙しいのか。一度本人に確認に行ったほうがいいかと迷いながら、タウは名簿を他の隊のものに重ねてそろえた。



 交流戦の三日前、開戦の儀に出席するため、『ゲミノールムの黄玉』であるタウとイオタは昼食後に学院長室の前で待ち合わせた。本来は総大将も一緒に行くのだが、今年はタウが両方を兼ねている。スクルプトーリス学院もまた同様だった。

 タウは白服の上に黄色い詰襟の服を着て、学院章が彫られた金具でマントをとめた。左胸には総大将の証である徽章をつけている。

 後から現れたイオタもまた神法学科生の礼装を身にまとっていた。今回もやはりみんなが贈った黄玉の指輪をはめている。

 学院長が部屋から出てきたので、三人は外の馬車に乗った。去年の開戦の儀はゲミノールム学院だったため、今年はスクルプトーリス学院に行かなければならない。そしてこの日以降、交流戦当日まで両学院の生徒は敵陣に入れない。もし侵入したことがばれれば、その時点で敗戦が決まってしまうのだ。

 スクルプトーリス学院に着くまで、三人はあたりさわりのない会話をかわした。学院長から直接聞いたわけではないが、両学院の学院長はあまり仲がよくないことをタウは知っていた。耳にした話では、ともに風の法を学んだ同期生で、ヘリオトロープ学院長はいつもスクルプトーリスの学院長にからまれ、張り合ってきたのだという。学院長就任の年が同じだったのも、ヘリオトロープがゲミノールムの学院長に決まったため、彼が無理やりスクルプトーリスの前学院長を追い出して就いたという噂がある。

 名はプレオン・ヴィルギニス。政権にも多大な影響力をもつ神法院の大神官クローマ・ヴィルギニスの孫である。

 変に執着される迷惑はタウにも覚えがある。というより、現在もそのまっただなかにいるのだ。

 レイブンは剣を交えるには最高の好敵手だが、戦場以外の場所ではできれば会いたくない相手だった。レイブン本人が目立つので、追いかけられるこちらまで一緒に注目されてしまうのもやっかいだ。

 考えるだけで気が重くなる。窓に向かってため息をつくタウの心情を理解したのか、学院長がくすりと苦笑した。

 やがて馬車はセムノテース川を渡ってトレノ市に入った。ケントウムの町を過ぎれば、スクルプトーリス学院はすぐだ。馬車はそのまま一定の速度で道を走り、いよいよ対戦校に着いた。

 大会堂の前で馬車はとまり、先に下りたタウはイオタの手を引いて外へ導いた。最後に学院長が下りる。大会堂の入り口ではヴィルギニス学院長とレイブン、そしてフィーリアが待っていた。三人とも相変わらずめまいがしそうなほど派手な衣装だ。

「ようこそ、ゲミノールム学院ヘリオトロープ学院長。そして『ゲミノールムの黄玉』のお二人の来訪を、我がスクルプトーリス学院は心から歓迎する」

 差し出された手をヘリオトロープ学院長がにぎり返す。そして案内された大会堂で、開戦の儀は粛々とおこなわれた。タウとイオタは去年も経験しているので、手順もはたすべき役割も頭に入っている。

 それぞれの学院長が誓約書に署名した後、総大将でもあるタウとレイブンがその下に署名し、誓約書を対戦校の学院長に渡す。

 儀式がとどこおりなく終了し、タウはほっと息をついた。そして気を引きしめなおす。戦いはこれからなのだ。

 馬車へ戻るタウたちを送る途中、ヴィルギニス学院長がヘリオトロープ学院長に話しかけた。

「勝利後の報酬は決めたのか?」

「ええ。戦が終わった後できっちり要望を出しますから、ご心配なく」

「何をたくらんでいるのかは知らないが、聞く機会はないだろう。勝つのはスクルプトーリスだからな」

 ヘリオトロープ学院長はそれには答えなかった。そして三人は順番に馬車に乗った。レイブンはタウが馬車に逃げ込んだ後もなんだかんだとしゃべり続けていたが、フィーリアは最後までにこりともすることなく、顔をそむけていた。

 そして三人を乗せた馬車は、ゲミノールム学院への道を戻っていった。



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