第88話 花園の出会い
「これでよし」
高校の校舎に囲まれた中庭。園芸部に所属している楓也は、昼休みを使って花や植物たちの世話を終えると、泥のついた顔をほころばせた。園芸部は現在、一年生の彼と三年生の先輩が二人いるだけだ。後者は今年から受験勉強ということもあり、もっぱら手入れを行っているのは楓也だけという状況である。
「わあ、きれい」
「?」
背後から声がして振り返ると、そこにはクラスメイトの押垂夕鈴が立っていた。彼女は普段、なぜか授業が終わるとすぐにどこかへ消えてしまう。ゆえにまだ一度も話したことはなく、入学から二週間ほど経った今日、初めてまともに声を聞いた次第だ。
「あの……君、押垂さんだよね」
「え、わたしの名前おぼえているの?」
「まあ一応。ぼく生徒会にも入ってるし、そのへんは仕事のうちというか」
「そうなんだ? ふふ、すごいね」
「こ、これくらい普通だと思うよ。……ねえ、それよりさ。ひとつ訊いてもいいかな」
「はい、なんでしょう?」
「ずっと気になってたんだけど。押垂さんって、もしかしていじめられてたりする?」
「……い、いじめ? どうして?」
「いつも教室にいないからさ。かといって他のクラスに行ってるような話も聞かないし……本当は何か嫌なことがあって、どこかに隠れてるのかなって」
「あー、なるほど……ううん、大丈夫だよ。いじめられてるわけではないから」
「わけではない、か。じゃあやっぱり何か理由はあるんだ?」
「ええっと、なんて言ったらいいのかな……わたし、たくさん人がいるところが苦手なの。だから授業中以外は屋上のほうで過ごしていて……」
◇
「こりゃ、オレの記憶?」
演技中の楓也が意識体となって浮かび、在りし日の映像を見ている。
ヴェリスの過去生を見たときとまったく同じ状況だ。
呆然とする彼に対して、水月の楓也が言った。
「そう。押垂さんと初めて会話した日の光景だよ」
「……押垂夕鈴……」
「思えば、彼女は超感覚の弊害があるから屋上へ避難していたんだろうね。さて、続きを見ようか」
◇
「そうだったんだ……先生からはそういう話、特に聞かされなかったけど」
「あ、それはたぶん、わたしが"みんなには言わないでください"って口止めしたからかも。ご心配をおかけしてごめんなさい」
「いや、事情はわかったし大丈夫。で、今日はなんでここに?」
「実は屋上でメンテナンス作業があるらしくて、通せんぼされちゃったの」
夕鈴によると臨時で業者が入っており、担任にも今日くらいは我慢するように言われてしまったとか。しかし彼女の人混み嫌いは深刻のようで、途方に暮れて各所をさまよっていたところ、最終的にこの中庭へ辿り着いたのだという。
「災難だったね……ここ、ぼく以外が来ることってほとんどないから。今後も困ったときは好きに使えばいいと思うよ」
「ほんと? ありがとう! やっぱり青波くんはいい人だ!」
「そ、そんなことないと思うけど」
「あるよ。お花たちもみんな、あなたが優しいって言ってるし」
(……は?)
「ふむふむ、育てる人がいいとお花ってこんなにきれいに咲くんだね。ん、でも一輪だけ元気のない子がいる……」
「! どれ!?」
夕鈴がこれだと言った花を確認すると、一見なんの問題もなさそうに美しく咲いている。しかし虫眼鏡を使ってよく観察したところ、わずかに斑点があると判明した。おそらく病気になりたての個体と思われる。
「……こんなの見つけるなんてすごいね。植物くわしいんだ?」
「ふぇ? あ、ああ~そんなこともあるような、ないような……」
「なんにせよ助かったよ! とにかく植え替えしないと」
その後、作業が終わった楓也は改めて夕鈴にお礼を言った。
「ありがとう、おかげでなんとかなりそうだ」
「どういたしまして!」
「ところで押垂さん、部活とかやってないよね? さっきも言ったけど、基本ここはぼくしかいないし……もしよかったら、一緒にこの植物たちを育ててみない? 君がいてくれたら、とても心強いと思ってさ」
「……えっと。誘ってくれてありがとう青波くん。でも、部活はダメなんだ」
「どうして?」
「わたしには……他にどうしてもやらなきゃいけないことがあるから」
その瞳には仄かな慈愛と決意の炎が揺らめいており――楓也にはどの花々よりも美しく映った。彼女がここまで言うからには、よほど大切な用事があるのだろう。残念だと肩を落とす彼に、夕鈴は励ますように言った。
「ただね、今日みたいな感じでよかったら、またお話することはできると思うの! だから……これからもよろしくお願いします!」
そうしてペコリと頭を下げ、チャイムの音とともに去ってゆく夕鈴。
もう昼休みも終わりだ。
近くの水道で顔を洗いながら、楓也は先ほどのやり取りを思い出していた。
(押垂さん、ぽわぽわして不思議な子だったな。……また話せるといいな)
お読みいただきありがとうございます。
夕鈴回です。もう少し続きます。
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