第86話 特技
「不自由って……飛行できるあなたが自由すぎるだけだと思いますよ? そんなプレイヤーほかに見たことないですし」
「これに関しては"気づき"を得ているか、そうでないかの差でしかないんだけどねぇ。フフフ」
「また意味深なことを……」
宙ぶらりんのままジト目でため息をつく楓也。それを特に気にかける様子もなく、明虎は視界のひらけた場所へと降り立った。先ほどの地点からそう遠くない位置のはずだが、付近からはまったく魔獣の気配がしない。楓也が訝しがっていると、彼はその辺にある苔むした岩にもたれかかりながら言った。
「ここは私の張った特殊な結界でまもられている。ひとまず安心するといい」
「…………」
「何か不満でも?」
「いや、その……とりあえず、先ほどはありがとうございました。助かりました」
「なんだそんなことか。じゃあひとつ貸しにしておくとしよう。まあ今回はすぐに返してもらうつもりだけど」
(こ、この人は~……!)
色々と言いたいことを押し殺して表明した謝意を、ぶっきらぼうに受け流す明虎。先ほど魔獣にやられかけた際の動揺がだいぶ落ち着いてきた楓也は、彼がこういう人物であったことを徐々に思い出し、弛緩していった。
「それで、すぐに返してもらうというのは?」
「簡単な話だよ。こんなところでまごついていないで、はやく夜の水月を手に入れたまえ。既にラムスでは必要量のフィラクタリウムが掘り出され、YOSHIKAも設計図に辿り着いている。残るは君だけだ」
「っ……相変わらず何もかも知っているってわけですか。……言われずとも、夜の水月は入手するつもりです。でもどうしてあなたがそれを望むんです?」
「知りたいからさ。何をなんて野暮な質問はなしでお願いするよ?」
「……はあ、わかりましたよ! しかしこのままでは埒が明きません。さっきの魔獣たち、ステルスも魔除けも通じない様子でしたし」
「それは当然だ。夜の水月はいわば"光除け"。闇で愛をマスキングされた君の魂やそれに同調するフィラクタリウムの輝きなど、ここでは集魚灯くらいの効果しかない。もっとも寄ってくるのは雑魚ではなく、サメなみの危険個体ばかりだけどねぇ」
明虎いわく、冥土の湖畔は湖に近いほど"光除け"の効力がつよく働くようで、もはやフィラクタリウムの魔除けはほぼ機能を停止しているらしい。なお固有スキルや魔法については、魂の光を介して発動している現象のため、実質的に行使できない状態になっているとのことだった。
また先ほど敵に気づかれてしまったのは、この周辺の魔獣は視力よりも光の感知能力に秀でており、プレイヤーの魂をダイレクトに認識しているからだそうだ。楓也は彼の説明を聞いて渋い顔をした。
「正直に言って、そんな環境下で攻略するのって無理じゃないですか? 純粋な身体能力だけであの包囲網を突破するなんて、アーリアさんでも難しいと思います。……悔しいですけど、ここはいったん退いてノーストさんを連れてきたほうが――」
「あの魔人かい? やめたほうがいいと思うよ」
「? なんでです」
「なけなしの愛をもっているにせよ、彼はあくまで魔の者だからさ。それをこんな領域に連れてきてごらんよ、すぐ闇にのまれて自我を失うのがオチだ」
「!」
自我を失うというのは、おそらくノースト自身が説明していたという尊厳の喪失とイコールなのだろう。彼が魔獣化してしまっては本末転倒だ。
「なら、いったいどうすれば……」
過去の行動に鑑みると、明虎がこの局面で直接たすけてくれる可能性は低いといえる。おそらく、また自由意志うんぬんに抵触すると主張するはずだからだ。ならば先ほど窮地から救ってくれたのはなんだったのかという疑問は残るが、彼に聞いたところで、はぐらかされるのは目に見えている。
――この場は自分ひとりで突破口をひらかなければ。
そう決意する楓也であったが、打破する手段はなにも思いつかない。
うつむく彼に、明虎が尋ねる。
「……もぷ太くん。さっきの話、覚えているよね?」
「さっきの話?」
「光除けのことさ」
「……そりゃまあ、聞いたばかりですし流石に覚えてますけど」
「じゃあ持ち前の頭脳でよく考えてみることだね、君の特技を活かす方法を」
「ぼくの特技……?」
「ああ。答えならもう出ているはずだ」
彼が何を言っているのかはよくわからないが、楓也はひとまず少し前の会話を思い出し、とっかかりを得ようと試みた。
(愛のマスキング……こちらの弱体化と制限……ノーストさんならそれが緩和されるかもと思ったけど、魔人だからダメで…………ん? 緩和?)
楓也は半ば無意識に、光除けの効力は光が弱いほど薄れるのではないかという至極当然の理屈からノーストを頼ろうとしていたのだが――その選択肢が"彼は魔人だから"という理由で消えるのなら、あるいは。
「波來さん。人間ならいけるってことですか?」
「フフフ、どうかな。試してみるといい」
彼の返答をイエスと受け取った楓也は、一つ深呼吸する。
そうして心のなかにあるスイッチを押し、自分という人格に深く深く入り込んで、存在を切り替えてゆく。向かう先は、闇にまみれた昏い場所にいるオレだ。
「ぶはぁっ! ……んだぁここは? てめー誰だよ。全身黒ばっかで気色わりぃ」
声質、口調、表情など、あらゆる雰囲気が豹変する楓也。
初手で悪態をつく彼を見て、明虎はフードの下でほくそ笑む。
お読みいただきありがとうございます。
おや、楓也さんの様子が……。
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