第84話 タイムカプセル
(これか、あいつの言ってた神社は)
翌日の昼下り。佳果はウーに教えてもらった住所を頼りに東京都下にある田舎道を小一時間ほど歩き、目的地にて鳥居を見上げた。初夏の日差しがさんさんと降りそそいでいる。今日は快晴だ。
手前にある境内は公園が併設されており、遊び回るこどもたちの声が木霊している。しかし奥へ進むにつれその賑やかさは薄れてゆき、静謐な雰囲気が強まる。拝殿に着くと、辺りは森林に囲まれていた。ゆったりとした時の流れに、まるでこの空間だけ隔絶されているような錯覚をおぼえる。
(……? 俺、この神社に来るの初めてだよな?)
ふと、佳果の脳裏でデジャヴが起こった。一瞬うかんだのは、在りし日の弟と夕鈴のはじけるような笑顔。不思議な感覚が全身を包み込む。
(……とにかく行ってみるか)
彼は船の設計図があるという裏手へ回った。拝殿の横道を通り、ほどなくして年季の入った祠を発見する。おそらくこれが本殿なのだろう。ならば目当ての物もここにあるはずなのだが、見える範囲にそれらしき物はない。
(まいったな、すぐ見つかると思っていたが……どうしたもんか。祠に手ぇつっこむわけにもいかねーだろうし)
立ち往生して考えていると、俄然つよい風が吹き始める。ざわざわと木々が揺れ、目にゴミが入ってしまった。彼はゴシゴシと目をこすって背を向け、追い風にあおられるように二歩、三歩ほど前進した。そして視界がもどってきた頃、近くに一本杉が生えているのに気づく。
「…………」
何か予感がして、その木まで歩み寄る佳果。
案の定、再びデジャヴは起こった。
(! あの時たしか、三人でこの場所に――)
佳果はよみがえる記憶をたぐり寄せるように、木の根本を掘り返す。果たして、古びた缶箱が出土した。いわゆるタイムカプセルだ。
(これ……! そうだ、むかし俺たちは親に連れられて、一度だけここへ遊びに来たことがあった……!)
夢中で箱を開けると、なかには当時好きだったキャラクターのキーホルダーや、河原で拾ったお気に入りの石など、忘れかけていた思い出がたくさん詰まっていた。あまりの懐かしさに呆けつつ、彼は底のほうも物色してみる。刹那、見覚えのない便箋が降って湧くように出現した。
「!?」
突如起こった超常現象にゴクリと生唾を飲み込む。おそるおそる開封すると、そこには夕鈴の筆跡で書かれた手紙と、件の設計図が添えられていた。佳果は震える手で、したためられた彼女の言葉を追いかける。
佳果へ。
あなたがこの手紙を読んでいるとき、
わたしはもうこの世にいないかもしれません。
……そのことで、あなたを深く傷つけたかもしれません。
本当にごめんなさい。
でもね、これはわたし自身が望んだ結果なの。
何も悲しむ必要はないし、気負う必要だってない。
ただ、きっとあなたのことです。
わたしが止めても、かまわずに来ちゃうんだろうね。
だからそのときのために、これを書いておくことにします。
……本当はそのままでいて欲しいのだけれど。
もしあなたが光を目指すというなら、
わたしはそれを尊重するし、応援します。
その代わり、ひとつだけ約束してほしいことがあるの。
どんなことがあっても、これだけは絶対にまもってください。
どうか、チャロを死なせないで。
それじゃあ、たしかにお願いしたよ。
佳果、いつまでも元気でいてね。
今まで一緒にいてくれてありがとう。
あなたと過ごした日々は、夢のように楽しかった。
幸せをいっぱいくれて、本当にありがとう。
……また、どこかで会えるといいね。
P.S.
同封した設計図は、必要なときがきたら使ってちょ!
「…………なにが使ってちょ、だよ…………」
久しぶりに彼女の心へ触れた佳果は、こらえきれず静かにむせび泣く。
いつしか強風はおさまり、優しいそよ風が彼の頬をなでていた。
お読みいただきありがとうございます。
書き始めてみるまでは全然
想定していなかった展開になりました。
なお神社の雰囲気につきましては
実在する場所を浮かべながら描写しています。
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