第82話 客は世界
「プリーヴの旦那! ちょいとお邪魔するぜ」
「おや、ゼイアさんにシムルくん。そちらの方々は……?」
プリーヴを訪ねると、彼は書類を整理していた手を止めて立ち上がった。民族衣装のような独特の服を身にまとい、四角い帽子をかぶっている。壮年の御仁だ。
「お初にお目にかかります。ぼくたちは陽だまりの風というギルドの者で――」
楓也が経緯を語る。プリーヴはたくわえた立派なヒゲを触りながら、時折あいづちを打って興味深そうに話を聞いていた。やがて「なるほど」と言って、彼は窓の外で遊んでいるこどもたちを眺め、顔をほころばせた。
「ラムスを救った若き英雄たちというのは、皆様のことでしたか。おかげ様で手前も、こうして再び商談に参じることができた次第。深く感謝を申し上げます」
ゆっくりとお辞儀をするプリーヴ。彼は昔、偶然この村に辿り着いて以来、商売を通じて懇意な関係を築いてきたそうだ。ところが占領後は一方的に取引を禁じられ、その理由を尋ねるも「国の意向」と牽制されるばかりだった。そうしてずっと不審に思いながらも、偽の部隊による偽証に気づけず、手をこまねいていたのだという。
プリーヴはたいそう嬉しそうに、重ねて「本当にありがとうございました」と頭を下げると、ふと真面目な表情になった。――ここからが本題だ。
「さて、フィラクタリウムの件ですが……もちろん、特に異存はありません。皆様がなされようとしていることは、言わばこの世界の命運を分ける一大事。命あっての物種ですから、ここで協力を惜しんでいては商人の名が廃るというもの」
一同、前向きな返事に安堵する。しかし彼は「ただ」と付け加えた。
「先ほどのご説明のなかで、フィラクタリウムには魔除けの効果があるとおっしゃっていましたね。恥ずかしながら、そのようなお話は初めて耳にしたものでして……もう少し詳しく教えていただけませんか?」
魔除けについて詳しい者は現状、ノースト以外にいない。
彼は腕を組みながら解説した。
「いいだろう。フィラクタリウムは愛をもつ者が装備すると、その光と共鳴し、魔を払い除ける特性を得る。うぬはNPCとプレイヤーの分別はあるか」
「ええ、長く商売をやっておりますと色んなかたに出会うもので。……ふむ、しかしプレイヤーならば無条件にその恩恵を受けられる、というわけではありませんね?」
「然り。要求される愛は割合にして80%ほどだ。この時点で大半が該当しなくなる」
ノーストのいう80%の愛とは、おそらくエリアⅥ以上にある魂のことを指しているのだろう。その領域に達しているプレイヤーは相対的に少ないらしく、プリーヴも今までそのような相手とは取引をしたことがなかったようだ。
「そうですか……いや実は、魔除けの効果が誰にでも発現するものだった場合、皆様がお造りになる船へ充てる分を確保したのち、できれば庶民にも行き渡らせていったほうが良いのではないかと思いまして」
「ほう?」
「といいますのも、あなたや魔物たちが"魔境"なる場所へ移り住んだとして、自然現象に等しい魔獣の存在は引き続き、こちらへ残るのではないでしょうか?」
「……そうなるだろう」
「であれば、魔獣への対抗策としてもフィラクタリウムを活用するべきかと。これは人間側の都合でしかないかもしれませんが、人々が魔の脅威から真の意味で解き放たれるためには、どちらも必要なプロセスだと感じますゆえ」
「……道理だな。魔除けの効果だが、愛の割合が85%以上の魂をもつ者が"加工"を行うと、その際に当人の光が石に宿って永続化する。現状、こちらでは零子とアーリアだけが可能な技術だ」
「え? そうだったんですか!?」
「"加工"――お料理みたく熟練度のレベリングは今までしてきませんでしたけれど……そういうことでしたら、今からでもみっちり練習させていただきますわ!」
「おお、左様ですか……!」
「しかし本当によいのか? 永続化を施したフィラクタリウムなど、うぬら人間の世界では計り知れない価値を持っているはずだ。それを行き渡らせるということは、大量生産して安価で売るつもりなのであろう?」
「確かに商人としては、またとない好機を手放すことになるかもしれません。ですが手前は、商人である以前に一人の人間。皆様が世のため人のためと動かれているのに、どうして自分だけが私利私欲に走れましょうか」
「く~、さすがはプリーヴの旦那だぜ!」
「それにたとえ薄利に設定するにせよ、なにせ客は世界ですから。ご心配なさらずとも、手前と皆様……そしてこのラムスの村も、大いに豊かになると思いますよ!」
「ふっ……そうか」
「つきましてはサブリナ様。女王陛下にこの件をお伝えいただき、国の方でも情報の流布などを――」
こうしてプリーヴとの交渉を終えた陽だまりの風は、実際にフィラクタリウムの採掘を行うため、鉱山へと向かうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ゲームではありがちな世界の救済。
彼らも彼らなりのやりかたで、それに挑んでゆきます。
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