第79話 もう一杯
「なるほど。ノーストさんと魔物たちは、人間のために犠牲になる道を選ぼうとしていたんですね」
楓也が難しい顔をして、彼らの計画に言及する。
現在、あとからやってきたサブリナを含め総勢9名が集っているところだ。アーリアの敷いた大きなシートの上で、一同は茶をすすりながら話し合いを進めている。
「然り。仮に飢えが進行すれば、やがて暴走する魂の"魔"によって吾らは尊厳なき魔獣となり果てるだろう。そうなってしまっては、人間側の生存は極めて難しい」
ノーストいわく、魔物は魔獣よりも優れた能力を持っているらしい。つまり彼らが暴徒と化した場合、並の使い手では対応しきれない。サブリナが青い顔をする。
「我々は、あなた方がけしかけた魔獣の相手ですら手一杯だったのに……」
「……うぬの部隊は精鋭と聞いている。とはいえ、やはりプレイヤーには遠く及ばぬようだな」
サブリナと陽だまりの風の面々を交互に見つめ、ため息を吐くノースト。
ふと、佳果が疑問を投げかける。
「そういやずっと気になってたんだけどよ、俺たちがプレイヤーだってわかってる奴と、そうでない奴がいるのはなんでなんだ?」
「吾ら魔の手合いは魂を視ることができるゆえ、それで判別しているだけだ」
「? NPCとプレイヤーの魂って、なんか違うのか」
「ああ、佳果殿にはまだお話したことがありませんでしたね。実は……」
この世界におけるNPCという存在は、レベルやステータスが固定でSSの概念がない。よって成長することができず、その魂は不自然なほど一定の揺らぎを繰り返しているため、魔人のノーストからすれば一目瞭然なのである。
なお人間の場合、自分がNPCであること――すなわち自分以外にプレイヤーという存在がいることを、把握している者とそうでない者に二分される。大多数は後者に該当するが、実際にプレイヤーと接触したりする機会があると、高確率で前者へと転じる。というのも、成長できない彼らは"変化"や"進化"をみせる人間に対して違和感をおぼえるからだ。
「我々は生まれた瞬間からこの姿と境遇を与えられており、生涯その宿命が変動することはありません。できるのは決められた役割のなかで日々を生き抜くことだけ……だからでしょうか、フルーカ女王や皆様を見ていると、ときどき羨ましい気分になったりもします」
そう言って微笑むサブリナ。
――彼女の話を聞く限り、ヴェリスやシムルの存在はやはり異質なのだろう。
佳果は複雑な心境で彼女の笑顔を見つめた。
(成長できない……か。現実じゃ、あえてそれを望む奴もごまんといるが……)
ともあれ、最強と謳われる彼女の隊に成長の余地がないとわかった以上、NPCだけで魔物たちの襲撃にあらがうのは土台無理な話だ。このまま静観していたら、見殺し同然になってしまう。
「……俺たちプレイヤーがなんとかしねぇとってわけだな」
「まあ、うぬらくらい実力のある集団がいくつか結託すれば、多少の戦火は鎮めることもできよう。しかしこの世界の人間はほとんどがNPCだ。それに対してプレイヤーの数など高が知れている」
「……魔物たちは世界中にいるでしょうし、対処に遅れた地域から焼け野原になっていく。そういうわけですか」
嫌な想像をはたらかせ、零子が身震いした。
さらにノーストの話によると、彼はこの世界で唯一の魔人であり、魔人はすべての魔物と魂で繋がっているため、彼らの感情をある程度コントロールすることが可能らしい。現在、世界にはびこる魔物は相対的にかなり飢えが深刻化した状態で、ノーストの制御が失われればいつ魔獣化してもおかしくないところまで来ているという。
つまり先ほど大穴の下にいた魔物たちは氷山の一角で、彼はこのエリアでの玉砕が終わり次第、次の地域でも同じことを繰り返して徐々に魔物の数を減らす算段だったようだ。
「吾の制御がいつ利かなくなるかは正直わからぬ。ゆえにこの計画を早々に完遂し、最後は自刃をもって全てを終わらせるつもりだったのだがな」
「……兄ちゃんがノーストさんを連れてきた理由、よくわかったよ。なあ、おれたちでどうにか助けてあげられないかな?」
「佳果。わたしもできることがあったらなんでもする」
「へへっ、お前らならそう言うと思ったぜ!」
「……」
意気投合する三人を見て、ノーストは改めて不思議そうな顔をしている。その様子にアーリアは小さく笑うと、彼に問いかけた。
「ね、言いましたでしょう? 導いてくれるって」
「……一つ聞かせよ。小僧や娘は別にしても、うぬらにはうぬらの世界があるのだろう? 二度とこちらへ入ってこなければ、このような煩わしい問題など捨て置いて永遠に部外者でいられるはず……しかるに、なぜそこまでする?」
「うふふ。その答えは今後ともに見つけてゆくということでいかがでしょうか」
「ぬ……まあ、それが敗者への罰とあらば……甘んじて受ける他ないが」
そう言って顔をしかめ、茶を一気に飲み干すノースト。苦さと甘さの入り交じるこの味は、実のところ魔人の口にはまったく合わなかったのだが――なぜか嫌な気もせず、彼は「もう一杯」とぶっきらぼうに催促した。
お読みいただきありがとうございます。
次回、具体的な対処法について話し合います。
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