第77話 好きのかたち
「なあ楓也兄ちゃん。おれとヴェリスって、なんなんだろうな」
大穴の闇を見つめながらシムルがこぼす。現在、三人は辺りを警戒しながら佳果たちの帰還を待っているところだ。楓也はシムルが何を思ってそのように切り出したのか推し量ると、優しい声音で返答した。
「……さっき阿岸君も言ってたでしょ? 二人もぼくらも、今を生きている同じ人間だよ。そこにプレイヤーとかNPCは関係ない」
「本当にそう、なのかな」
「シムル……?」
「おれたちの"今"はこの世界にしかないけど、兄ちゃんたちの"今"はもう一つの世界にもあるわけだろ? そこには何か、決定的な隔たりがあるんじゃないか?」
事実、彼らはアスターソウルというゲームが存在しなければ言葉を交わすことすらままならない間柄だ。その壁はフルーカにもらった勲章によっていくらか崩れたものの、シムルのなかでは依然として高く立ちはだかっていた。
「わかってはいるんだ。そんなのくだらないって思えるくらい、陽だまりの風はつよい絆で結ばれてるってさ。でもおれ、不安なんだよ」
「……」
「もし、いま佳果兄ちゃんたちが戦っている奴らみたいな強いモンスターに襲われたら? その時みんながいなくて、手も足も出ない状況に陥ってしまったら? ……そんな風に考えるたび、冷たい水のなかで溺れて藻掻いているような気分になる」
意気消沈するシムル。陰る彼を見て、ヴェリスが隣に並び立った。
すっかりおとなびた彼女だが、瞳の純粋さは出会ったときと変わらない。
「安心して。そうなったら、わたしがシムルを守るから」
「ヴェリス……」
「相手がどんなに強くったって関係ない。佳果ならそうするはずだし……あなただってそうでしょ?」
「……もちろんだ。ただ、おれたちがどんなに食い下がったところで、世界にはたぶん避けて通れない黒ってもんがある。お前に何かあったら、おれは……」
二人の対話を聞いて楓也は考える。波來明虎は以前、どうしようもない時というのは偶発的に発生するものではないと説いていた。ならばヴェリスが前世で飢えたことも、シムルが故郷を脅かされたことも、佳果の家族が犠牲になってしまったことも――そしてまだ見ぬ未来でさえも、あるいは必然がもたらす結果なのかもしれない。
「……シムルは今を失うのが怖いんだね。すごくわかるよ。君にとってヴェリスが、それくらい大きな存在になっているのも含めて」
「…………」
「ねえ、ヴェリスはシムルのこと好き?」
「!?」「うん、好きだよ」
不意の質問にうろたえる彼と、けろっと即答する彼女。
その様子がおかしくて、楓也はふんわり笑った。
「シムルは? ヴェリスのこと好き?」
「あ、当たり前じゃん! 家族なんだから!」
「じゃあ家族や友達、仲間やライバルって部分を抜きにしたらどう?」
「えっ!」
「……魂が好きかってお話?」
「あはは、まあ究極的にはそうなるのかも」
「……わたしはそれでも、みんなやシムルのことが好きだよ」
「おれも……おれもそうだと思う」
「そっか。でもさ、みんな大好きなのに、そのなかでもなんだか無性に気になる人っていたりしない?」
「!」
ヴェリスがすぐに思い浮かべたのはアーリアやチャロ、フルーカの顔だった。彼女たちの"きらきら"はいつだって魅力的で、つい見惚れてしまうほどに美しいからだ。一方、シムルが浮かべたのは言うまでもなくヴェリスである。彼はちらりと横を見ると、誤魔化すように楓也へ尋ねた。
「に、兄ちゃんはいるのか? そういう人」
「うん。といっても、その人自身はもういないんだけどね」
「え……」
「今でもこの気持ちが憧れだったのか、それとも別の何かだったのかはよくわからない。ただ、気になっていられる時間はとても楽しかったってことと……それが過去の思い出になったのは、とても悲しかったってことだけは確かかな」
「……楓也……」
「えへへ、そんな顔しないでよヴェリス。……ぼくは失ったけど、君たちが失うかどうかはわからない。それにもし失ったとしても、取りもどすことだってできるかもしれない。だからシムル――持ち前の勇気で、恐怖なんてねじ伏せちゃいなよ! そうやって未来を信じて進み続けていればきっと……いつか想いも伝わるはずだから」
楓也は「それまで一緒にがんばろうね」と付け加えてひとつ伸びをした。彼の笑顔はどこかいつもと違うように感じられたが、二人がその心奥を知る由はなかった。
お読みいただきありがとうございます。
大切なものは、あってもなくても悩ましい。
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