第73話 魂の配分
「!」
頭が四つもある猛犬型のモンスターが、牙を剥き出しにして佳果に襲いかかろうとする。だが魔人は見えない手綱を引いているらしく、寸前で攻撃が止まった。
「見てのとおり、たとえ魔除けがあろうともすぐ傍まで光に近づけば、本能のままに破壊を欲する――これが此奴らのむなしき性よ」
「光……?」
「知らぬか? 愛のことを」
あの時、チャロは愛の本質が光であるとも言っていた。
何か関係があるのだろうか。
「魂の深淵は太極図の様相を呈し、そのエネルギーは愛と魔の二律背反で構成される。しかしそれは尊厳のあるものに限られ、ないものには前者――すなわち愛の光が枯渇しているのだ」
「…………」
「自らがついぞ持てなかった愛の光に晒された時、此奴らは火に入る虫のごとく、そこへ飛び込まずにはいられぬ。なぜなら渇きをうるおすための手段が蹂躙であるという錯覚を、本能に組み込んで生まれてくるからだ」
「あー、お前の話、俺の頭だと半分も理解できねぇや。要するに、こいつらとお前らは根本的に違ぇってことで合ってるか?」
「然り。魔人や魔物はうぬらと同様、愛と魔の双方を有する存在。もっとも、その比率は大きく異なっているがな」
「比率、ですか……ちなみに、わたくし達とはどのくらい違いますの?」
「うぬら人間の平均は、赤子の時点で愛が52.5%、魔が47.5%といったところだ。この比率は環境や己の意志によって左右され、日和見で変動する。……其処な三者は、愛が優勢と見える」
(この魔人も魂が視えているの? それも、あたしよりずっと深いレベルで……!)
「話を戻すが、いっぽう吾らは生涯を通して魔が70%を下回ることはない。だが此奴らに関しては常に100%のため、我々は魔獣として識別している。そちらでは確か、モンスターと呼ぶのだったか」
「……まあな。んで、結局のところ尊厳ってのはどういう意味なんだよ」
「魔獣は本能――すなわち外界からの刺激に対する反射によって破壊と防衛を行う以外に活動の指針を持たぬ。だがそこに情緒が加わることで、発生するのが尊厳だ」
「情緒と申しますと?」
「本能の延長線上にある、裁量的な心の動きに当たる。"こうすれば苦しい"だとか、"こうすれば満たされる"だとか、自己判断の起点となる心の起伏と言い換えてもいい。そしてこれが一定以上に発達した魂は、ただの獣として生まれることもある。うぬらがペットとして飼いならす、動物の類がよい例だ」
彼の話を整理すると、魔獣という存在には情緒がないらしい。つまり自らの行動や、それが引き起こす結果についてまったくと言っていいほど責任能力がないようだ。
「したがって、此奴らはただ生まれては死んでゆくだけの存在。理解できたか?」
「なんとなくはな」
「ならば、うぬのいう"やり方"はどう変わる」
「……お前らがその魔獣って存在なら、たぶんぶっ倒すだけで終わりだったぜ。だが尊厳があるって言い切る以上、そこいらの悪人とそんなに変わるもんでもねぇだろ? ――なら制圧して、ふんづかまえるだけだ!」
「……ふっ、面白い。とはいえ吾と鎬を削れるのはせいぜい青の娘くらいであろう。勝てる大局と思い上がれば、即座に足を掬われると心得よ」
魔人が浮かび上がり、待機していた魔物の軍勢が前進してくる。
「アーリアさん、ひとまず魔人のほうを頼めるか! 俺と零子さんはこいつらを伸してから加勢するぜ!」
「仰せのままに 。でも佳果さん、わたくしかるーく勝ってきちゃいますから!」
「!」
にこっと笑ったアーリアだったが、次の瞬間に本気の表情になる。初めて見る麗しくも凛々しい眼差しに、佳果は武者震いした。彼女はインベントリから大きなハンマーを取り出して装備すると、全員にバフ魔法をかけてから勢いよくジャンプした。そして目にも留まらぬ速さで繰り出される強烈な打撃。それをノーガードで受けた魔人は、遠くのほうへと吹っ飛んでゆく。
(こ、これがアーリアお姉さまの……!)
そのまま魔人を追うアーリアの背中を見届け、佳果と零子も戦闘を開始した。
お読みいただきありがとうございます。
魔人ウンチクが炸裂しました。
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