第69話 粒子精霊
「わぁーっ!」「だははは!」
二人の楽しそうな声が聞こえてくる。何らかの攻撃を受けているのかと思ったが、どうやら遊んでいるだけのようだ。
「ふう、ひとまず大丈夫みたいだな」
「でもあの二人に浮遊能力なんてなかったはず……」
「! あれをご覧ください」
零子が指さす方向。よく目を凝らすと、手の形をした巨大な霧がヴェリスとシムルの身体を包み込んでいた。その真上では、得体の知れない雲のような存在が、つぶらな瞳でスマイルをつくっている。おそらくあれと戯れているのであろう。
「なんだあいつ、モンスターか?」
「それにしてはフレンドリーすぎる気も……ちょっとかわいいし」
「Üみたいな顔をしていますね。あ、これドイツ語の記号なんですけど」
(零子ちゃん、どこまでも独特な子ですわね)
佳果が「おーい! 戻ってこいよ!」と叫ぶと、文字通り二人を手玉に取るのをやめた雲はこちらへ近寄ってきた。丁寧に地上へおろされたヴェリスとシムルは、満足そうに笑っている。
「えへへ、おもしろかった!」
「おれ空とんだの初めてだよ! 楽しかった~」
「そりゃ良かったな……じゃなくて! そいつは一体なんなんだ?」
「わかんない。滝を見てたらモワって出てきたの」
「うーん、阿岸君の言葉に反応したってことは、意思疎通はできるみたいだけど」
「……こんにちは。ヴェリスちゃんたちと遊んでいただいて、どうもありがとうございました。して、あなた様はどういった存在であらせられるのでしょう?」
やけに畏まった物言いをするアーリア。彼女が意味もなくそうした口調を使うとは思えず、にわかに一同の背筋が伸びてゆく。雲のほうは相変わらずスマイルを保ったまま、それぞれの脳内に直接言葉を響かせて返答した。女性のような高い声音だ。
「お初にお目にかかる。吾輩はこの滝の主様におつかえしている粒子精霊にございます」
(粒子精霊だぁ? つーか吾輩って……どうも今日は妙なやつとばかり会うぜ)
「世間では化霞と恐れられておりますが、こちらに敵意はございませぬ。どうか肩の力を抜いてくだされ」
そう言って、精霊はまわりの霧を集めはじめた。すると突如ボフン! とキツネへ姿を変え、佳果たちの前にちょこんと座る。
「この姿なら厳しい感じも減りますかな? ああそうだ、気軽に話せるよう敬語もやめにいたしましょう。さあ、ここからはお互いラフに話そうね」
(急に距離つめてきやがったな……)
「えっと、それで精霊様はぼくたちに何か用事でも?」
「うん。あなた達についてゆけと主様から仰せつかったんだ。この子たちと遊びながら話を聞かせてもらっていたけど、これから依頼をこなすつもりなんでしょ? 吾輩も一肌ぬがせてもらうよ~!」
「依頼……? 兄ちゃん、どういうことだ?」
◇
シムルとヴェリスにざっくり経緯を説明すると、二人も「やってみたい」とやる気は十分だった。しかし急についてくると言い出したこの精霊については、どう対応したら良いのかわからない。たとえ敵意がないにせよ、安易に同行を認めるのは危険なのではないだろうか。
「まずよぉ、精霊ってなんなんだ? 主様ってのがなんなのかも気になるし」
「たしかに情報が少なすぎるね……」
「それについては、そこのお嬢さんが知っていると思うよ」
「アーリア?」
「……"千花繚乱"にいた時代に聞いた話なのですが、滝という環境には得てして龍神がいると言われているんですの。そしてその眷属を精霊が担っている場合もあるのだとか……もしかして、あなた様も?」
「そういうこと。みんなわかってくれた?」
「……まあここはアスターソウルの世界だし、龍神やら精霊やらがいても別におかしくはねぇだろうけどよ。ちなみに、主様の姿が見えねぇのはなんでだ?」
「主様は異なる次元におられるので。ただ吾輩のように精霊をやっている者は、とびきり曖昧さが濃いからね。ある程度は融通を利かせられるってわけ」
「?? なあ楓也、こいつチャロと同じくらい意味がわからねぇんだが……」
「あはは……」
「おほん、横から失礼。精霊様――いえ、ここは敢えてウーちゃんと呼ばせていただきますが」
「おお、愛称というやつだね! なんなりと聞いてよレイちゃん」
「ありがとうございます。ウーちゃんの主様は、なぜ佳果さんたちへの協力をあなたに命じたのですか?」
「……さあ?」
「さ、さあ!?」
がっくしと肩を落とす零子。ウーは続けて言った。
「主様の真意はわからない。でもね、おそらくはレイちゃんと似たような目的があるんじゃないかな」
「あたしと?」
「このタイミングで『陽だまりの風』が創設されたのは必然さ。そして彼らと行く旅路はきっと、お互いが精進するために必要なことなんだと思う。だからここは、ぜひとも仲良くしてくれると嬉しいな」
「あ……」
零子は例によって、相手の魂の変遷が視られる。しかしウーには歴史がなかったため、この場の誰よりも警戒を強めていたのだが――ウーのまとう色はどこまでも透き通っており、疑っている自分が恥ずかしくなるほどの清廉さを帯びていた。
「他のみんなも、今は納得いかないかもしれないけど。誠心誠意がんばるから、どうかよろしくお願いするよ」
「……なあ兄ちゃん。さっき遊んでもらった時さ、おれ父ちゃんや母ちゃんのことを思い出したんだ」
「ナノさんたちを?」
「ああ。この精霊様、一緒にいるとすごいあったかい気持ちになるっていうか。おれは同行してもらうの、賛成だぜ」
「佳果、ウーは何も嘘いってない。わたしも賛成」
「ヴェリス……」
「うふふ、きっと大丈夫ですわ佳果さん。わたくしもそばについております」
「まあこの先どんな困難があったとしても、ぼくたちなら乗り越えられるはずだよ。阿岸君、『陽だまりの風』リーダーとして最初の決断になると思うけど……君の思うままに結論を出してみて」
「…………だぁ、わかったよ! 俺はお前ら家族を信じてる。その家族が信じるってんなら、俺も異存はねぇさ。改めて零子さんにウー、これからよろしく頼むぜ!」
「ええ、こちらこそ!」「ヨッちゃんありがとう!」
こうしてひょんなことから一丸となった七名。
彼らはアスター城下町にある掲示板へと向かう。
お読みいただきありがとうございます。
だんだんとキャラが増えてきました。
なるべく全員のことがわかるよう、
描写を工夫しながら書いてゆきます。
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