第67話 零子の目的
「あんた、なんでここにいる」
「あら、お邪魔でしたか? でもこのお店はあたしの行きつけでして……日課のコーヒーブレイクを楽しむくらい、ご容赦いただきたいところです」
零子はマグカップをくいっと傾けて、優雅にコーヒーを口に運んだ――と思いきや、すぐに紫紺の瞳に涙を浮かべてせき込む。
「! げ、げほっげほっ! に、苦いぃぃ!」
「あの、零子ちゃん……それエスプレッソですわよね?」
「え、えすぷ? メニューを見て黒いやつを選んだのですが、もしかしてブラックコーヒーには複数の種類が……?」
「いや種類ってか、抽出方法の違いだよ。砂糖入れんの前提だし、そのままいったらそりゃあ苦ぇだろうさ」
「??」
はてなを浮かべる零子に、カウンターから様子を見ていたバリスタがやれやれといった感じで言い放つ。
「だから言ったろお嬢さん。初めてなのに背伸びはよくねぇってよ」
「す、すみません…………あ」
「あっはっは! 姉ちゃん嘘つくの下手だなぁ」
「ふ、不覚……!」
「えーっと、和迩さん。もしかしてぼくたちを張っていたんですか? やっぱり心変わりして、さっきの件で代金を請求に来たとか……」
「おほん! それにつきましては永久に無償と申し上げたはずです」
「じゃあ、いったい何の用だよ」
「……フフフ。皆様はエリア移動について悩まれているのでしょう? 手がかりは得ているものの、いまいち今後の方向性が掴めない――違いますか」
何やらドヤ顔を決めているが、要するに盗み聞きをしていたということだろう。しかし彼女は悪びれる様子もなく、右手の人差し指をピンと立てて言った。
「あたしなら、再びお力になれると思いますけど?」
「それは願ってもないお話ですが……零子ちゃんはどうして、わたくし達にそこまで協力してくださるんですの?」
「ぎくっ」
「アーリア。零子、たぶん視えてるよ」
「まあ」
「あん? ……楓也に対して色がどうのとか言ってたやつか?」
「うん。色は魂がもっているものの一つで――零子は、わたし達のSSも視えているんだと思う」
「SSが? 姉ちゃん、そうなのか?」
「ほほう、さすがですね。ヴェリスさんの言うとおり、あたしには皆様のSSがばっちりくっきり視えています。……もはや隠し立ては不要のようですね」
零子はおもむろに立ち上がると、こちらへ近寄ってきて、かぶっていたフードをとった。顕になったサイドポニーテールの長髪はゆるく三つ編みで巻かれており、赤色だった髪は桃色へと変化する。彼女は礼儀正しく一礼した。
「改めまして、あたしは和迩零子。このゲームでは絶滅危惧種となっている、クリア推進派の一人です」
◇
込み入った話をするなら場所を変えようということで、一行はエレブナの近くにある観光スポットの一つ、『化霞の滝』まで来ていた。この滝は落差がありすぎるため、落ちてくる水はすべて霧となって辺りを覆い尽くしている。
「すっご! これが生の滝かぁ! ほらヴェリス、上の方で白い煙みたいのが縦に伸びてるだろ? あれが本体なんだぜ」
「ほんとだ。なんか落ち着く感じだね、空気も澄んでて」
きゃいきゃいと楽しそうにしている二人を眺めつつ、他の四人はベンチに腰かけ、先ほどの話を進めた。
「で、クリア推進派だったか」
「はい。あたしはこれまでソロで攻略を進めてきたのですが、色々と模索した結果、当初ⅥだったSSをⅦに上げることに成功しました。少なくとも佳果さんよりは先輩ということになるかと思います。えっへん」
「……あんた最初とキャラ違くねぇか?」
「フフ、仕事とプライベートは分けていますので。世を忍ぶには、オンオフが肝要なのですよ? きっとあなたも大人になればわかります」
「さいでっか」
「あはは……それで、和迩さんはどうしてぼく達を助けてくれるんですか? アーリアさんは別にしても、他のみんなはあなたよりSSが低いのに」
「単純な話です。あたしの占術は、いわばその人が辿ってきた魂の変遷が視られるという代物。よって皆様――とりわけヴェリスさんが短期間で、飛躍的にSSを上昇させたことも感知しております。SSは一つ上げるだけでも奇跡と言われているくらいですから、皆様が特別なのはひと目でわかりました」
「なるほど。つまり零子ちゃんは、攻略のいとぐちを見つけようとして、わたくしたちに声を掛けたんですのね」
「無償といいつつも、腹に一物あったってことか」
「いえいえ、それは誤解です。お近づきになるために打算的な部分があったのは否定しませんが……皆様への協力を申し出たのは、決して私利私欲によるものではありません。なぜならエリア移動には、奉仕の精神こそが必要となるからです」
「奉仕の精神ですか……まあアスターソウルは事実、クリア=善行という感じのゲームデザインになってるみたいですしね。攻略を目指している時点で、あなたに不純な動機がないのはなんとなくわかりましたけど……ならエリアⅦへの移動方法についても、無償で教えていただけるんでしょうか?」
「もちろん、あたしが知る限りの情報でよろしければお伝えしますよ。可能であれば皆様の情報も共有していただきたいところですが……そちらは無理強いするつもりはありません。さあ、いかがなさいますか?」
三人は見合わせると小さくうなずいた。実質デメリットなしで先駆者の助言をもらえるというのであれば、ここは恩恵にあずかっておくべきだろう。そしてこれがどういった因果をもたらすかはわからないが、手を取り合うこと自体に抵抗はない。
「わかった。あんたが話してくれる内容にもよるが、俺たちも攻略情報を独占するつもりはねぇ。ウィンウィンといこうや」
「ありがとうございます。ではさっそくお話しますが……そうですね。まずは、エリアⅥからⅦへ移動するために最も重要な要素についてお教えいたしましょう。それはずばり――他者へ愛をあたえることです」
お読みいただきありがとうございます。
エスプレッソはケーキとかと一緒なら
原液でもいい感じに美味しいと感じます。
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