第64話 占い師
「結局、決まらないまま着いちまった」
SSⅥ以上から入場できるエレブナの町は、深い森のなかにある。これまでの町と比べると規模は小さいものの、魔法や薬に特化した店やギルド関連の諸手続きを行うことのできる"ギルド本部"など、ここにしかない要素が多いため来訪者は多い。
佳果たちは現在、ギルド本部の前で立ち往生中だ。
「名前を決めるのってむずかしいね」
「まあ、おれとヴェリスは誰かに言葉を教わったりしたこともないから、そもそも語彙が少ないわけで……ちょっと荷が重かったかもな~」
「あはは。そのわりに、シムルはたびたび表現力が豊かな時があるけどね」
「そ、そう? でも表現力って意味ならこいつだってすごいじゃん。口数は少ないのに、なんかいつも伝わりやすい感じがするし」
「確かに、ヴェリスちゃんにもそういう才能がありますわね。昨日プレゼントしてくれたお手紙も、すらすらと読めるのにたくさんの想いがこもっているのが伝わってきて……」
「あ、それわかります! ヴェリスのまるっこい文章、ぼくも好きだなぁ」
「えへへ」
「そんなお前らが思いつけなかったってことは、ネーミングってのはよほど複合的なセンスが必要になるんだろうな。俺も国語が得意ってわけじゃねぇし、どうしたもんか…………あん?」
佳果がふと横を見ると、陰鬱とした外観の館の前で、こちらへ手招きする女性が立っていた。紫色のローブを着ており、かぶるフードから赤髪をのぞかせている。
「あ、あやしさ全開すぎんだろ……」
「占い師のかたでしょうか? ……ふふ、これも何かの縁かもしれません。せっかくですし寄ってみましょう」
◇
館の中へ案内された一行は、大きな水晶玉の乗ったテーブルのある暗い部屋に通された。壁には剥製が何体も掛かっており、床には大量の魔法陣が描いてある。その非日常的な空間に佳果とシムルは思わず顔をしかめたが、他の三人は存外たのしんでいる様子だ。
「わぁ、変なエネルギーがいっぱい」
(!? なんだよ変なエネルギーって! おれそういうの苦手なんだが!?)
「ずいぶん本格的な内装ですね。きっと彼女、凄腕なんでしょう」
「ええ、これは期待してしまいますわ!」
「お、おい……油断してると呪われちまうんじゃあ……」
「おほん」
占い師がひとつ咳払いをして「おかけください」と促した。全員が椅子に座ったところで、彼女はあいさつを始める。
「皆様、本日は遠路はるばるよくぞお越しくださいました。あたしは和迩零子と申します。ああ、呪う予定は今のところありませんから、どうかご安心めされるよう――阿岸佳果さん」
「! 俺の名前、フルネームで……」
「フフフ。あたしの占術にかかればこの程度はお茶の子さいさいです」
「……すごい。どうやるの?」
「ごめんなさいヴェリスさん、それは企業秘密でございますゆえご勘弁を。……さてさて、皆様は先ほどギルド本部前で迷える子羊となっておられたようですね。あたしでよければ力をお貸ししますが、いかがでしょう」
「正直めちゃくちゃ胡散くさいけど……どうすんだ兄ちゃん?」
「んー、行き詰まってたのは事実だし、聞くだけ聞いてみるのはいいかもしれんが……まさかあとになって、高い壺とか売りつけてこねぇよな?」
「もちろん邪な駆け引きは一切なし。当館の占術は未来永劫に無償ですからね。もっとも、占う相手はこちらで選ばせていただいておりますけれど」
「無償? 利益がないのに活動されてるんですか?」
「そのとおりです。…………おや、楓也さんの色が大きく変わりましたね。興味から疑念……警戒と焦燥も出てきましたか」
(! そんなことまで)
「フフ、仲間思いのあなたが慎重になられるのもよく理解できますが、こちらは天に誓って皆様に危害を加えるつもりはありません。今回ここにお招きしたのは純粋な奉仕の精神によるもの……さあ、いかがいたしますか? 強制はしませんが」
「ア、アーリアさんはどう思う?」
「そうですわね……これは個人的な感覚ですが、この場所にもこの方にも、わたくしは特に昏いものを感じませんの。直感にしたがうなら――GOですわ」
「……わかった。他のみんなも、それでいいか?」
「ん」「おっけー」「わかったよ」
「ってなわけで、いっちょ頼むぜ」
「それでは占って進ぜましょう」
零子が水晶玉の周囲を覆うように両手をかざすと、玉のなかで何かの映像が再生された。それは目の前の空間に飛び出し、ホログラムのように見え始める。
「こいつは……」
「これ、おばあちゃんとお話したときだ」
「アスター城のバルコニー……あ、佳果さんとシムルくんが拳を合わせていますわ」
(あの時か。兄ちゃんに少し認められた気がして、嬉しかったんだよな)
「春の陽気みたいにぽかぽかしてて、気持ちのいい日だったよね」
「……んで、俺たちのこの思い出が、一体なんだってんだ?」
「こちらは直近で皆様の心が融和し、全員がつよい安らぎをおぼえた瞬間の映像です。穏やかな情緒とは得てして、その魂が持っている本来の性質を反映しているもの……皆様が求める答えは、この中にあるのではないでしょうか」
零子の言葉を聞いて、楓也がはっとする。思い返せば、自分たちが一丸となる時はいつも、祝福するように優しい風が頬を撫でていった気がする。そして必ず、じんわりとしたかけがえのない気持ちが溢れだして――日向ぼっこで夢見心地になっているかのような幸せな感覚が訪れるのだ。それがもし、自分たちの持っている本来の性質であるならば。
「……『陽だまりの風』……」
「!」
「あらら? わたくしも今、まったく同じ言葉が浮かんでまいりましたわ……」
「えっ、姉ちゃんもかよ?」
「わたしも浮かんだ!」
「阿岸君は?」
「右に同じだ。不思議なこともあるもんだな……」
「フフフ。どうやらお力になれたみたいですね。『陽だまりの風』――きっと良いギルドになることでしょう。あたしも応援させていただきますので、どうぞ今後ともご贔屓に」
こうしてギルド名が決まった一同は、本部にて無事申請を済ませた。
彼らの活動が、いま始まろうとしている。
お読みいただき、ありがとうございます。
一般的な占いは統計学だと捉えておりますが、
零子さんは真逆の感じがしますね。
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