第62話 ありがとう
ヴェリスは特に緊張している様子もなく、自然体であいさつを始めた。
「こんにちは。わたしはヴェリスといいます。今日はいろんな人が来てくれたので、すごく嬉しいです。おばあちゃん……じゃなかった。フルーカ女王様、このような場を設けていただき、心から感謝を申しあげます」
彼女が明るい表情でそう言うと、会場の奥でひそかに座っているフルーカにスポットライトが当たった。あちこちからどよめきの声が上がる。フルーカはプレイヤーだが、滅多におもてへ出てこないため大変に珍しい存在だ。いま初めて顔と名前が一致した者も多く、全員がかしこまろうとした。その様を見て彼女は微笑む。
「皆様、私はフルーカと申します。一部ゲームマスターの権限をさずかり、この世界がより良いものになってゆくよう、陰ながら尽力させていただいております」
(ゲームマスター? ばあさん、やっぱ只者じゃねぇんだな)
「とはいえ此度はあくまでも無礼講。今の私は近所にいるおばあちゃんだと思って、どうか肩の力を抜いてくださいね」
どこまでも温和な雰囲気のフルーカに、参加者はそれぞれ顔を見合わせて安堵した。無償で城の一部を貸し出し、美味しい料理を無尽蔵に提供してくれるなど、普通に考えれば何か裏があると勘ぐってしまうものだ。しかし彼女のつむぐ言葉を聞いて、そうした疑り深さは愚かしい杞憂であったと確信させられる。
「ふふふ。そしてこのパーティーはあそこにいるヴェリスちゃんの発案によるものです。趣旨はずばり"日頃お世話になっている人への感謝"。ぜひ皆様方も、今日くらいは隣におられるそのかたへ、思いの丈を伝えてあげてくださいね」
(わあ……ほっこりするイベントだなぁ。おとといの修羅場が嘘みたいだよ)
「さて、その先駆けというわけではありませんが……彼女は、大切な家族に向けて手紙をしたためたようです。今から本人が読み上げますから、どうかあたたかい目で見守ってあげてください。もちろん、その後は皆様の番ですよ~?」
フルーカの言葉で会場が大いに和んだ。
まもなく、ヴェリスの朗読が始まる。
「えっと。わたしまだ文字があまり上手く書けないから……実際に書いたことと、いま思ったことを両方いうね」
「よっ、いいぞ嬢ちゃん!」「がんばって~!」「僕にも言って~~~!」
「えへへ。まずはわたしがいちばん自慢したい家族の、シムル!」
(お、おれぇ!? あいつ、兄ちゃんたち以外にも用意してたのか……!)
「シムルはいつも何かを一生懸命に頑張っていて、努力する天才なんだ。難しいことをよく知っているし、知らなかったことだって次の日にはもうわかってたりするの」
「お~、そりゃ故郷を救ったっていうあいつのことだよな!」
闘技場の優勝時、まっさきにチップをくれたあのおじさんがシムルの方を指さす。すると彼へスポットライトが当たった。照明さんのなせるわざだ。
(げげ、こっ恥ずかしい~!)
「そう! シムルはね、ずっと悪いひとたちに故郷をいじめられて、苦しい思いをしていたんだ。でも自分だけのちからで強くなって、最後はみんなを助けてみせた。それにちゃんとわたし達のちからも頼ってくれるし、すごくかっこいいんだよ!」
「うぉおおやっぱ最高だぜ坊主は!」「かわいい~!」「僕にも言って~~~!」
「……最近ときどき悩んでいるみたいだけど、わたし達はみんなシムルの家族だから。何かあったら相談してね」
(それが逆に悩ましいんだっての。まあでも――ありがとな、ヴェリス)
誰にも聞こえないような小声でシムルはそう言って、照れ隠しするように後ろを向いた。ヴェリスはにっこりと笑って続ける。
「次はふう……もぷ太! もぷ太はいつもみんなのことをよく見ていて、わたし達が気づかないようなところで、こっそり支えてくれているんだ」
「もぷ太って、確かあのかわいい兄ちゃんのことだよな!?」
同じく、スポットライトが彼へと当たる。
「……ねえ、あの子ちょっと前まで劇場にいた子じゃないかしら」
「わあ本当だ! 男性役も女性役もこなす、実力派の美人さんよね!」
(はぁ!? 楓也、お前そんなことまでやってたのか)
(まあ、仮にも役者志望なわけだしね。最近はやってないけど、こっちの世界は衣装も自由に選べるし疲れないし、練習にはもってこいなんだ)
「もぷ太は頭がよくて、危ないことも自分からすすんでやることがあるの。でもそれはいつも、わたし達を大事に想ってやってくれていることなんだ」
(ヴェリス……)
「わたしはもぷ太のそういう優しいところが大好き。それにね、もぷ太がいなかったら、誰かとケンカしたときにどうやって仲直りをしたらいいのか、今でもわからなかったかもしれない。……心のくばりかた、教えてくれてありがとう。わたし、今でも一番好きな食べ物はハンバーガーだよ」
「ヴェ゛、ヴ゛ェ゛リ゛ス゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……」
むせび泣く楓也の背中を、佳果が苦笑してたたいた。アーリアは自分の番が来る前から、既にもらい泣きして顔をおおっている。
「次に、アーリア!」
「ひゃい! わたくしもヴェリスちゃんが大好きですぅううう……」
(おいおいアーリアさん、あいつまだ何も言ってねーだろ)
「え、マジ!? 前から気になってたけどあの人ってやっぱりアーリアさんなんだ」
「アーリアさんって元"千花繚乱"メンバーで、トッププレイヤーの!?」
「色んなおしゃれ着をデザインしている人よね? 私も装備買ったことある!」
「なんかこうして見るとすげぇパーティだな……」
「えへへ、みんなもアーリアのこと知ってるんだね。アーリアはわたしが一番尊敬している人で、いつもきらきらしてて"かわいい"の。誰よりもつよくて、誰よりもあたたかくて……わたしが間違ったことをしているときは、それがどうしてダメなのか、撫でながらまっすぐに目を見て叱ってくれるんだ」
(ああ、いけませんわ……視界がぼやけてヴェリスちゃんの顔が見えない……)
「アーリアがいてくれるから、わたし達は安心して前にすすむことができる。もちろん、頼りっきりにならないようこれからもがんばるけど……よかったら、ずっと一緒にいてください。アーリアのぜんぶが、わたしは大好きです!」
よろりと倒れ込むアーリアを受けとめる佳果。これ以上ないほどに幸せそうな顔をしており、もはや何も言う気にはなれなかった。そして言わずもがな、次は我が身である。
「最後に、佳果」
「あの強面の兄ちゃんか」
「フルーカ女王を賊から救ったって、風のうわさで聞いたことあるよ」
「まだ若いみたいだけど、結構イケメン……ってかあの子、今あっちで話題になっている高校生くんでは!?」
「ええ!? あの外道な教師に、家庭を壊されたっていう……?」
(さすがに知っている連中もいるみたいだな)
「佳果はわたしがどんなにつらい時でも、一緒になってたたかってくれるの。何が痛いことで、何が苦しいことなのか――それだけじゃない。何が楽しいことで、何が嬉しいことなのか。どんな心でいたら、みんなを支えられるのか。大切なことはぜーんぶ、佳果が教えてくれたんだ」
(ヴェリス……)
「本当はよわいところもあるのに、それを絶対に人へ見せない。自分自身がたいへんな時だって、誰かのためなら全力で助けてくれる――わたしね、最近思うんだ。佳果は前に、わたし達が引き合ったのは偶然じゃないって話してたけど……きっと、本当にそうなんだと思う。だってわたし、こんなにも佳果が大好きだから。もし佳果のいない世界があるなんて言われても、全然信じられる気がしないもん!」
そう言ってはにかむヴェリス。佳果は必死にこらえていたが、頬をつたってゆくものの温かさに気づき、自分のことながら何を耐える必要があったのかと、泣きながら笑った。
こうしてヴェリスによる感謝の表明が終わると、会場はやわらかな拍手に包まれた。そしてすっかり感化された他の参加者も次々に壇上へと上がり、思いの丈をぶつけてゆく。
――パーティーは大成功だった。
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手紙っていいですよね。
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