第59話 居候
「結局、水さすことになっちまったなぁ」
前代未聞の殺人未遂事件から一日後。修学旅行は二日目にして急遽中止となり、佳果たちは事情聴取など一通りのイベントを終えて東京へと戻ってきていた。現在は高校の近くにある公園のブランコで三人、今回の出来事をふり返っているところだ。
「まあ、あれだけの所業が明るみに出たわけだしね……」
「おかげでせっかくの旅行が台無しだ……無関係だった奴らに申し訳が立たねぇぜ」
「……今は自分たちのことを第一に考えていいと思う。楓也くんは怪我、もう大丈夫なの?」
「うん。わりと流血したみたいだけど掠り傷だから。あんまり無理しなければ日常生活に支障はないよ。……そういう君も、まだ顔が腫れているじゃない」
「こ、こんなの君たちと比べれば大したことないっていうか」
「……めぐる、本当にありがとな。お前がいなかったら俺たちどうなってたか……」
「と、友達を助けるのは当然でしょ? だから気にしないで。それより佳果くんの方は大丈夫? その……あんなひどいことされて……」
「かか、見ての通り平常運転だぜ」
「……やっぱりつよいんだね、君は」
「お前ほどじゃねーさ。俺はいま絶賛、現実逃避の真っ最中だしよ」
阿岸家がたどった凄惨な末路――それは現在、全国的なニュースとなって物議をかもしている。一人暮らしをしていた実家にはマスコミが押しかけて、おちおち風呂に入ることもできない状況になっているのだった。
「そんなことになってたんだ……」
「ま、つってもあいつらだって自分の仕事やってるだけなんだろうしな。ほとぼりが冷めるまでは、俺がうまく立ち回りゃいいだけのこった」
(……本当につよい人だなぁ)
「でもさ、それって実質的に帰れないってことでしょ? これからどうするの」
「どうしたもんかね~。独り立ちして出てきた手前、今さら道場に戻んのも気が引けるしな……もちろん金もねぇ」
「……本当ならぼくの家に泊まってもらいたいんだけど、望み薄かな……。うちの両親、どうにもあたまが固くてさ。さっきだって、もう君と連むなとか言い始めたから大喧嘩して思わず家出してきちゃったし」
「なっ……おいおい後でちゃんと謝っとけよ? はたから見りゃ、俺がやべぇ奴なのは自明の理だ。お前のダチやめるつもりなんてこれっぽっちもねーけどよ、心配して怒ってくれる人は大事にしておくもんだぜ」
「……そうだね。わかった」
重みのある佳果の言葉に、楓也は少し悲しそうな笑みを浮かべて頷く。とはいえ、親友を軽んじられた憤りがすぐにおさまるわけでもない。彼は日用品や着替え、アスターソウルのデバイスなどが入ったバッグの中から財布を取り出して中身を確認した。しかし二人分の宿代をまかなうには、少々手持ちが足りないようだ。
なんとか、今日だけでも乗り切れぬものか。唸る二人を見かねて、めぐるが提案をおこなう。
「あの、二人とも。少なくとも今日のところは行くあてがないってことだよね? それなら――」
◇
めぐるのあとをついてきた佳果と楓也は、ぽかんと口を開けていた。そこにあったのは、まさしく豪邸と呼ぶにふさしい建物。広大な敷地内を歩きつつ、佳果はキョロキョロと庭を見回して言った。
「ここがお前んちって、何かの冗談だろ……? 噴水とかあるんだが」
「うち、お金だけはあるみたいで」
「全然しらなかった……須藤君って育ちがよかったんだね。どうりで心根がやさしいわけだ」
「じ、自分は好きなゲームのキャラをまねて生きてきただけだよ……っと、それよりほら、ここが空き部屋」
案内された部屋には、簡易的なキッチンや冷蔵庫、ソファやエアコンなどの設備が整っている。寝泊まりするには十分すぎる空間だ。
「お、俺んちのワンルームより広いぞ……」
「須藤君、ここ本当に空き部屋なの? こんなキレイに片付いているのに」
「うん。昔は来客用に使ってたらしいんだけど、今は持て余してる部屋なんだ。キレイなのは家政婦さんがたまに掃除してくれてるからで……とりあえず、あとで布団とか持ってくるからしばらくはここで暮らすといいよ。うちの親、めったに帰ってこないし……別に何も言われないと思う」
「そうなの? でも、なんだか悪い気がしてきたなぁ……」
「だな……めぐる、来月以降になるが家賃払わしてくれないか?」
「そんなこと気にしなくていいって。……じゃ、自分はちょっと出かけてくるから好きに過ごしてて。お風呂に入りたかったら、さっき通ってきた長い廊下の突き当たりにあるよ。着替えはあっちの引き出しにあるのを使ってね」
「サンキュー。で、お前はどこへ行くんだよ?」
「……面接」
「め、めんせつぅ?」
「自分もそれ、いつか一緒にやりたいし」
そう言って、めぐるは佳果の抱えているアスターソウルのデバイスを指さす。彼も楓也と同じく、これだけは家から持ち出してきていた。
「お前、もしかして」
「うん。"まっこうから逃げる"……そのために、バイトを始めてみようと思うんだ」
「……そうか」
「これだけは自分の力でやらなきゃいけないことだと思うから……親や君たちには頼らないで、なんとか一人で頑張ってみるよ。いつ目標額に届くかはわからないけど、それまで待っててくれると嬉しい」
「……ああ、待ってるぜ!」
「ぼくも! 楽しみにしてるね!」
「ありがとう……じゃあ、行ってきます」
どこかシムルと重なる彼の背中を、二人は応援の眼差しで見送った。
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