第55話 真実
一方その頃。
お手洗いに起きた楓也は、旅館の廊下を歩いていた。
(阿岸君、布団にいなかったけどどこ行ったんだろう。まあ、ぼくと同じかな)
厠にたどり着くと、果たして先客がいた。
彼はわざとサンダルを鳴らして、ゆっくりと近づいてゆく。
しかしそこにいたのは佳果ではなく、めぐるだった。
「あ」
「わ、須藤君? 奇遇だね」
「こ、こんばんは」
「こんばんは。そっちの部屋はどう?」
「……まだ喋ってる。下ネタまんさいで、うるさくて眠れない」
「あはは、それはちょっと居心地わるそうだね」
こくりと頷くめぐる。
彼らは用を足したあと、ロビーに行って自販機でお茶を買った。
ソファーに座り、少しばかり気分転換をおこなう。
「楓也くん。佳果くんっていつもあんな感じなの?」
「うーん、今日はちょっとだけ饒舌だったかも。阿岸君は真剣なときほど、口数が増えるから」
「……そうなんだ……親身になってくれたってことだよね。二人とも、急に重い話をしてしまったのに……ありがとう」
「どういたしまして。ぼくらで良ければ、これからも相談に乗るよ」
「…………うん」
めぐるは嬉しさをごまかすように、ごくごくとお茶を飲んだ。それを見て、楓也も微笑みながら缶をあおる。
「あ……そうだ。楓也くん」
「なに?」
「昼間にヴェリスって子の話……してたでしょ」
「うん。須藤君あの時ちょっとひっかかっている感じだったけど、その件かな?」
「……気づいてたんだね」
「こういう性分だから。それで、ヴェリスがどうかしたの?」
「あのさ、依帖先生なんだけど」
めぐるの言葉に楓也が一瞬かたまる。このタイミングで担任の名を聞くのは完全に予想外だった。しかし同時に、嫌な予感と妙な納得感が全身を走りぬけてゆく。
「……依帖先生?」
「うん。少し前に、先生の部屋で二者面談したんだ。学校生活のことで、色々聞きたいからって」
依帖は化学の教師で、基本的には職員室ではなく化学室のほうに常在している。この場合、"先生の部屋"とは後者を指していると考えてよさそうだ。
「その時、パソコンでひらいてた面談用のファイルがフリーズしたとかで……自分、そういうの得意だから力になれないかなって、先生の机のほうに行ったんだ。そしたら……」
「……」
「先生、すごい剣幕で『座ってなさい』って怒っちゃって」
「……察するに、"余計なお世話"だから怒った、という感じではなかったんだね?」
「そ、そう。楓也くん、もしかしてなにか知ってるの?」
「いや、文脈的にそうなのかなって。それで?」
「……自分はすぐに椅子へ座り直したんだけど……ちょっと様子が変だなって思って、瞬間的にモニターの方をちらっと見たら……デスクトップのなかに、"vellis"って名前のフォルダがあって」
「!」
「でも盗み見なんてよくないし、すぐ忘れることにして……今日の昼間まではすっかり頭から抜け落ちてた。けどヴェリスって名前を聞いてからなんだか頭がモヤモヤしだして……さっき先生とすれ違ったときに、ふとその出来事がフラッシュバックしたんだ。……あれ、楓也くん大丈夫?」
めぐるは急に顔色の悪くなった楓也を見てうろたえる。普段のぽわんとした笑顔からは想像もつかないような形相で、彼は持っていた缶を握りつぶしていた。
「あっごめんね。少し思い当たる節があって」
「やっぱり、なにか知ってるんだね……」
「――須藤君。教えてくれて本当にありがとう。ぼくはやらなきゃいけないことができたから、そろそろ行くね。詳しくはまた今度話すから」
「う、うん。おやすみ……」
駆け足で去りゆく楓也を見て、めぐるは何か、ただ事でない状況が発生しているような気がした。
◇
(!!)
布団をかぶり、小型のノートパソコンを凝視する楓也。彼はずいぶん前の時点から、依帖の動向をひそかにマークしていた。クイスの一件で暗躍し、明虎の目をかいくぐった人物――それがこの男だと勘ぐっていたからだ。そしてその予想は、無情にも間違っていなかったらしい。
(こんなフォルダ、今までなかったはずのに……!)
生徒会に属し、他人より校内にいる時間の長い楓也は、職員らのスケジュールを把握しやすい境遇にいた。それを利用して以前、依帖が不在の際に化学室へ忍び込み、彼のパソコンをいつでも遠隔操作できるよう細工をしていたのである。
バレれば犯罪行為――彼は高いリスクを承知の上でそれを断行した。なぜなら、その先にある真実のほうが重要だと確信していたから。
そして、めぐるの情報提供を経てたどり着いた"vellis"というフォルダのなかには、果たしてすべてが詰まっていた。
(……なん、だ、これ)
これまで冒険してきた自分たちの姿が映っている、大量の画像ファイル。SSから固有スキル情報に至るまで、一人ずつ詳細に書かれたプロフィール。さらに驚くべきは、佳果の個別フォルダ。そこにはアスターソウルではなく、現実世界の彼に関連するデータが保管されていた。おそるおそる"進捗"と書かれたテキストを開いてみる。
阿岸直幸――団が処理。天誅済み。
阿岸和歩――医療事故に成功。天誅済み。
阿岸千歳――和歩の件で自殺。天誅済み。
押垂夕鈴――事故死。天誅は中止。
青波楓也――見届け人に抜擢。天誅無し。
知京椰々――主の御力に抵抗。天誅不可につき保留。
フルーカ――同上。
波來明虎――同上。
クイス ――任務失敗につき団が処理。天誅済み。
チャロ ――危険。本計画においては度外視。
ヴェリス――超感覚へ介入済み。天誅予定。
シムル ――現実への影響無し。保留。
阿岸佳果――本日心中決行。天誅予定。
さて青波君。当旅館の露天風呂を通って、裏道から外へ出たまえ。
鍾乳洞にて、阿岸佳果とともに待っている。
「あ……ぁあ……」
パニックで過呼吸になりかけながら、楓也は必死で鍾乳洞へ向かった。
外はいつしか、雷雨が降りそそいでいる。
第18話で浮かべていた笑みは……。
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