第54話 約束
「んじゃ、そろそろさっき買ったやつでも食おうぜ」
「……そうだね。はい、二人とも」
「ありがとう」
三人は和菓子のつつみを開けて美味しそうに頬ばった。ひかえめの甘さが、それぞれの心にしみわたってゆく。
「これ、ヴェリスが好きそうな味してんなぁ」
「昨日を思い出すね」
「ヴェリス……?」
「ああ、さっきちらっと話したろ? アスターソウルで一緒に旅してる、ちびっこのうちの一人だよ」
「あ、その子だったんだ……でもヴェリスって、最近どこかで……」
「? 須藤君、どうかしたの」
「いや、なんでも……それより、自由時間もあと少しになっちゃったね」
「げっもうそんな時間かよ。仕方ねぇ、ぼちぼち集合場所に戻るとするか」
◇
一日目の夜。旅館に泊まった一同は風呂場での大合唱にまくら投げ、恋バナといったお約束のイベントをひと通り終えて、ようやく寝静まった頃合いだ。だが、こういう時に限って目がさえるのはなぜなのだろう。
(少し風に当たるか)
佳果はのそりと立ち上がり、中庭に向かった。角度のあるシンボルツリーに、池の静止している鯉の集団。石灯篭のやわらかな明かりがわびさびの空間をつくり出し、心を鎮めてくれる。彼は客用と思われる椅子に腰かけて、ふうと息をはいた。
(昼間の話で、いろいろと思い出しちまったな)
空を見上げて星々をぼうっと眺めていると、不意に彼の視界のはしで見覚えのある形をしたものが浮かび上がった。それはフルーカに渡された勲章のマークだった。
(こりゃ、もしかして)
マークに触れた瞬間、佳果の脳内に映像が流れこみ、目の前の空間に投影される。現れたのは部屋着を着ているヴェリスとシムル、そしてアーリアの姿。
「うお!? お前らどうして……!」
『わあ、本当におばあちゃんが言ってたとおりだ!』
『すっげぇ、兄ちゃんが四角のなかで動いてるぞ!』
『こんばんは佳果さん。修学旅行、楽しんでおられますか?』
「いやまあ、それなりに……じゃなくて! 俺、いま京都にいるんだぜ!? デバイスは東京に置いてきてるはずなんだが」
『ふふっ。おそらくこの勲章は、プレイヤーの魂に直接連絡のとれるものだったのでしょうね』
「マジかよ……改めて、やばすぎるだろこのゲーム」
『あれ、楓也兄ちゃんはどこにいるんだ?』
「あいつはよく寝てるぜ。仕事があるとかで、遅くまで働きづめだったみたいだしな……着信には気づかなかったんじゃないか」
『まあまあ、楓也ちゃんはそちらでもアグレッシブなんですのね』
『……ねえ佳果、そこきれいな場所だね。どうして一人でいるの?』
「あん? そりゃ……特に意味はねぇさ。ただ寝付けなかっただけだよ」
『そう……』
嘘が下手だな、とヴェリスは思った。彼は人の気持ちに敏感で世話焼きなところがあるのに、自分に対してはその優しさをあまり発揮しない。それがなんだか悲しくて、ヴェリスがちらとアーリアに視線を送る。すると彼女は微笑んで、二人の肩に手をおいた。
『佳果さん、夜分に申し訳ありませんでしたわね。でも、どうしてもいま伝えたいことがございまして。ね、二人とも』
『ああ! 兄ちゃん、聞いておどろけ!』
「? なんだよ」
『あのね。前にわたし、みんなに"ぷれぜんと"を渡しそびれちゃったから……佳果たちが戻ってくるまでに、用意しておこうと思ってるの』
「あー、そういやそんなこと言ってたっけか……」
『で色々悩んだんだけどさ、今回は形に残らないものにしようって話になって。ほら、良かれと思って買ったものが、微妙だったら嫌じゃん? そういうのはもっと好みがわかってからのほうがいいだろうし』
「……なるほど。わざわざサンキューな二人とも。しかし、形に残らないってのは?」
『うん。ラムスの村で"うたげ"ってやつやったでしょ。あれ、みんなすごく楽しそうだったし、またやりたいなって』
『それで今日、女王様に相談してみたらさ! なんと城でパーティーひらくことになったんだよ! すごいだろ!』
「マ、マジで!? だが、そんな公私混同みたいなことしていいのかよ……」
『フルーカ様は快く引き受けてくださいましたわ。開始時刻は、しあさっての正午を予定しています。佳果さんたちが帰ってきた、その翌日の土曜日ですわね』
「そりゃあ助かる。金曜はなんだかんだ、疲れが出て寝ちまうだろうからな」
『へへっ、というわけさ。どうだ兄ちゃん、楽しみで仕方がないだろ?』
「……クク、まあな。そういうことなら楓也にも明日、朝一番で伝えておくよ」
『ん、おねがい。……それで、言いたかった話はこれだけなんだけど……』
「? 浮かねぇ顔してどうした?」
『ううん。……あの、佳果』
「おう」
『わたし達、こっちで待ってるから。必ず帰ってきてね』
「……? ああ、当たり前だろ」
『そっか……じゃあ、おやすみなさい』
『またな兄ちゃん!』『よい旅を』
彼らがそう言うと、映像が途絶えて元の静寂が戻ってくる。
佳果はまた夜空をおもむろに眺めたが、さっきまでとは違い、心を支配していたザワつきが消えているのに気づいた。それに伴って、強い眠気が顔を出す。彼は部屋へ戻ることにした。
(本当に、サンキューな)
夜の主人公、風に当たりがち。
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