第53話 なげうったもの
「くわぁ~ねみぃ」
京都のなかを移動するバスの最後列で、佳果がひとつ大きなあくびをした。
今日から二泊三日の修学旅行だ。現在バスガイドによるレクリエーションが開催され、車内はお祭り騒ぎ。それにまったく頓着せず涙を浮かべる彼を見て、隣に座っている楓也が苦笑した。
「阿岸君、ぜんぜん興味なさそうだね……」
「ま、こういうのは楽しみたいやつが楽しめばいいのさ」
「淡白だなぁ……たまにはノってみればいいのに。楽しいことは好きでしょ?」
「お前、いまさら俺がこの輪に入っていけると思うか? 盛り上がってるところに冷や水ぶっかける趣味はねーよ。今は雰囲気に酔わせてもらうだけで十分だ」
「また中年みたいなこと言って」
「ねえねえ青波くん!」
二人の会話に割って入ってきたのは、前の席にいるクラスの女子たちである。
「ん、なに?」
「青波くんって彼女いるの?」
「ていうか、阿岸くんとよく一緒にいるけど、二人ってどういう関係?」
「あっ! わたしも混ぜてよ! 普段話す機会ないから色々気になってたんだ」
(寝たふり寝たふりっと……あとは頼んだぜ楓也)
「仕方ないなぁ……えっとね。ぼくと阿岸君は、一年生のときに――」
◇
たくさんはしゃぎ、目的地である清水寺の周辺についた生徒一同。佳果の班は楓也のほか、男子一名と女子二名で構成されている。女子二名については行きたい場所があるとかで勝手にどこかへ行ってしまったため、残っているのは野郎のみだ。
「あ、あの……自分のことは気にしなくていいので……二人も、行きたいところがあったらそっち行ってください……」
どこか居心地が悪そうに、男子生徒が言った。
佳果は頭をかきながら、あっけらかんと返事する。
「あん? なに言ってんだお前」
「えっ、あの……その……すみません」
(阿岸君、威圧感おさえておさえて)
(は!? 別になんもしてねぇけど……)
「?」
「あー、なんつーか悪かったな。俺うまれつきこんな感じだからよ……つかタメなんだし、めぐるも敬語はよせって」
「え……いま名前、呼んで……?」
「お、おい楓也! こいつ"須藤めぐる"で合ってるよな?」
「うん」
「はぁ~あせったぜ。さてはお前、俺の記憶力を試しやがったな?」
「い、いやそんなつもりは……」
「かかか、ならこの勝負は俺の勝ちだぜ! これでもクラスメイトの顔と名前くらい、ちゃんと把握してるっての」
「…………」
「それよか、めぐる。お前たしか自己紹介んとき、ゲーム好きだって言ってたよな」
「へっ? は、はい……」
「こう見えて楓也も相当やるんだぜ? まあ最近は俺もやってるんだけどよ」
「あははっ! 須藤君、そういうわけだからさ。清水の舞台まで三人でオタトークでもして行こうよ!」
「……………………うん」
◇
その後、人混みに揉まれながら清水の舞台を巡回した三人は、市街の方へ戻っておやつを買ってから、公園のベンチで休むことにした。
「相変わらず、すげぇごった返してたな」
「気疲れしたねぇ……そういえば阿岸君は、中学の時もここだったんだっけ?」
「ああ。あん時はまだ、夕鈴がいたんだが……」
「……」
「さておき、まさかめぐるもゲーマーだったとはな。楓也に負けず劣らず、色んな話が聞けて楽しかったぜ」
「うんうん! 格ゲーでプロゲーマーに勝ったことがあるなんて、すごい才能だよ!」
「そ、そうかな……でも、佳果くんたちもアスターソウルやってるなんて本当にすごいや。自分はきっと、お金があってもプレイするのは無理だと思うし……」
「? なんでだよ?」
「自分はこんな顔だし、背も低いし、口下手だし……きれいなアバターを作ったとしても、他の人とマトモに喋れやしないだろうから……」
「けど、俺らとは普通に喋ってるじゃねぇか」
「これは…………言うなれば異常事態なんだ。なんでこんなに言葉が出てくるのか自分でもわからない。そもそも、誰かと話すのが久しぶりすぎて……本当に今、自分が生きているのかどうかさえわからなくて」
「……夢を見ているような感じか?」
「うん……本当はさっき見た舞台から飛びおりて、もう死んでるんじゃないかって思えるくらい…………そうだったらいいのにな」
(……二年に進級して一ヶ月半。最近になって、他クラスの生徒と陰で揉めてるって噂を聞いたけど……)
楓也はつらそうな顔をして彼に何か言いかけるも、逡巡してしまった。その様子から、めぐるの周りで起きているであろう悪しき問題が浮かび上がる。
「……うまくいってねぇんだな、学校」
こくりと頷いためぐるは、そのまま俯いている。
彼は肩を震わせて、ぽつりと言った。
「ぜんぶ、自分が悪いんだ。それはわかってるんだけど、どうにもならなくて……痛い思いをするたび、いっそ死ねればと……でもそんな自分が嫌で、もっとどうにもならなくなって……」
「……なあ、めぐる。俺はさ、世界が悪いことだってあると思うぜ」
「え……?」
「考えかたによっちゃ、確かに最後は自分に行きつくだろうけどよ。そうやって必死に抗ってる奴に、わざわざ追いうちかけてくるような連中が……悪くない道理もねぇはずだろ?」
「……佳果くんはつよいんだね。自分は反骨の精神を持てないから……」
「そうか……ならよ。とにかく逃げに徹するのはどうだ?」
「逃げる?」
「ああ。俺も、むかし色々あってな。そん時はお前と一緒で、たたかう選択肢はなかった。苦痛から逃げることだけを考えて……縄くくってみたり、身体切ったり、睡眠薬を試したこともある」
「あ、阿岸君……!?」
「……佳果くんは、どうやってその地獄から逃げ切ったの?」
「きっかけは、"自殺は逃げじゃねぇ"って気づいたことだ」
「逃げじゃない……? してもいいってこと?」
「ちょっと違う。こりゃあくまでも俺の主観なんだが、自殺ってのは他殺と同じなんだよ」
「…………」
「めぐるは、自分に攻撃してくる奴のこと殺したいか?」
「……もちろん、そういう気分になることもある。でもさっきも言ったように、いつも結局は反撃する気になれないままだから……」
「だよな。だが、その相手が自分だったらどうだ? 自分のことを攻撃してくる自分が相手なら、本当に殺しちまっても構わねぇって思えてくるんじゃねぇか」
「!」
「それが成就した先にあんのが、自殺だと俺は考えてる」
「……そう、なのかもしれない」
「じゃあよ、その殺意ってどこから生まれたんだ? 自分を攻撃する自分ってのは、どうして存在する?」
「……わからない」
「これも俺の場合の話だが……その自分は、理想から生まれたものだった」
「理想……?」
「ああ。理想があったから、遠いとこで足踏みしてる自分が嫌になったんだ。んでその理想自体は、比較するもんがあったから生まれてきた。比較するもんってのは他人だったり世界だったり――要は自分に足りない部分だな」
「…………」
「つまりよ。自殺ってのは自分が選んですることだが、同時に世界に選ばされていることでもあった。もしも逃げて逃げて、必死に逃げた先で自殺にたどり着くんだとしたら……そりゃ世界が創り出した理想のてめぇが、現実のてめぇを殺すのと同じじゃねぇかって気づいたんだよ」
(……さっき、自殺と他殺が同じって言った理由はそれか。阿岸君、きみはいったいどれだけの……)
「繰り返すが、自殺は逃げじゃねぇ。逃げに該当できねぇ。そもそも殺意に捕まっている時点で、捨ててたはずの反撃を選んじまっている矛盾がある。……俺は苦痛から逃げようと未遂を重ねるうち、より苦痛へと突き進んでる自分に嫌気がさしたわけだ」
「……なら、ちゃんと逃げるためにはどうしたら……」
「俺は認めることから始めたぜ」
「なにを?」
「自分が、死ぬほど負けず嫌いだってことをだ。俺はまず、自己嫌悪が理想に喰われた時に起こるのを認めた。現実の自分が理想に負けているって事実を――それを許せないプライドを、自覚して捨てるようにしたんだ」
「具体的には、どういうふうに」
「とりあえず学校行くのも家に引きこもるのもやめた。んで、とある道場へ行ってひたすらボコボコにされる毎日を送った」
(そこは阿岸君らしく極端なんだね……)
「……なら結局、佳果くんも最後は痛みを求めたってこと? そこから逃げ出すために現実の自分を認めたのに、やっぱり痛みがないとダメだったの?」
「それがさぁ。不思議と痛くなかったんだわ」
「?」
「初めて等身大の自分で挑んで、初めて自分の小ささを認めて、初めて痛みに責任をもってボコボコにされた。そしたら身体はくっそ痛ぇのにさ……心はもう、痛くなかったんだよ」
「心が、痛くない……」
「かかか、だからってわけじゃねぇが、めぐる。お前はこの旅行終わったら、お前なりにまっこうから逃げてみろよ。そんで逃げ道に迷ったら、俺たちに相談しろよ?」
「もうダチなんだからな」と言って笑う佳果を見て、めぐるは今まで感じたことのない情動がこみ上げていることに気づいた。
(……アスターソウルか……バイトとか、やってみようかな)
今回のお話はどこまでやるか悩みましたが、
最終的にこのようなかたちとなりました。
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