第52話 なごみ
アスター城下町は和洋折衷で、木造の平屋が密集しているレトロな区画もあれば、オープンテラスが立ち並ぶハイカラな地域も存在する。町中をとおる水路には船のゴンドラが動いており、大通りには人力車も見受けられた。
「はぇー、これ母ちゃんたちが見たら驚くだろうなぁ」
「シムルはアラギ以外の町を見るの、初めてなんだっけ」
「うん。あそこはあそこで店いっぱいあるし、闘技場もすごかったけどさ……ここはなんというか、そういう熱気みたいのがない代わりにのほほんとしてて、気持ちが落ちつく感じだ」
「たしかにな。くつろげそうな良い拠点じゃねえか」
「……ね、あれはなに」
不意にヴェリスが裾を引っぱって指さした。その方向には昔ながらの商店街が続いており、最寄りの店に「だんご」と書かれたのぼり旗が立っている。周辺に漂う香ばしいかおりが、食欲を刺激してやまない。
「あれは"もちゃっこ茶屋"ですわね。わたくしも大好きな甘味処の一つです」
「おっ、アーリアさんもでしたか! 実はぼくも、あそこの和菓子に目がなくて!」
「! わたし、食べてみたい!」
「んー、けどよ。菓子はさっきうまいのを食わせてもらったばかりじゃねーか。俺はどっちかっていうと飯のほうが気分――」
「ふっふっふ、佳果さん。あのお店のメニューには、伝説のお茶漬けもあるんですのよ?」
「伝説だぁ?」
「ええ。濃厚かつ繊細な合わせ出汁に、熟成茶の旨味を黄金比でブレンドした特製スープ! 炊きたての香りが持続する不思議なお米! メインの具は鮮度抜群の鯛、鮭、鮪から選べまして、お好みで梅やきざみ海苔を乗せることもできますの。現実世界では味わうことのできない絶品で、美食家のなかにはこれ目的でアスターソウルを手に入れるという猛者がいるくらいの……」
「よし、行くぞみんな!」
「兄ちゃんもけっこう単純だよな……」
◇
佳果たちは茶屋特有の赤い野点傘を見上げながら、和に富んだ時間を過ごす。ちなみにアーリアのセールストークに誇張はなかったらしく、佳果はすっかり胃袋をつかまれてしまった様子だ。
他の面々は焼きだんごやタレだんご、あんだんごを頬ばっている。合間にすするお茶は甘すぎず熱すぎず、ほどよい渋みと豊かな香りが心を癒やしてくれた。
「これが"しあわせ"……!」
「あっはは! ヴェリスの顔がとろけてる」
「マジでうめぇ。現実の腹が膨れないとか、もはやどうでもいいレベルだわ」
「こんな食べ物があったなんてな……今度、村のみんなに買っていってあげよう」
「みなさんお気に召したようで、わたくしも嬉しいですわ! ……あらら?」
気がつくと、もうかなり遅い時刻になっていた。
そろそろログアウトして、明日にそなえるべき頃合いだ。
「そっか、兄ちゃんたちは違う世界に帰るんだったっけ……まだ慣れないなぁ」
「あっちのほうも見てまわりたかった」
「ごめんね二人とも。本当はずっと一緒にいたいんだけどさ」
「わたくし達がここにいられるのは、元の身体があってこそですからね……名残惜しいですけれども、一旦おひらきにしましょうか」
「ああ。ただ、俺はもうちょい粘ってから落ちるつもりだ」
「え、でも明日は修学旅行だよ? 阿岸君いっつも昼まで起きないんだから、そろそろ休んでおかないと寝坊して……」
「そん時はそん時ってな。おみやげ期待してるぜ~楓也」
「君は相変わらず自由だね……」
「こーら、佳果さん。やるべきことはちゃんとやりませんと! 夕鈴ちゃんが戻ってきたときに顔向けできませんわよ?」
「う、それ言われちまうと、ぐうの音も出ないんだけどよ……こいつらに、もう一回だけ、奥義を見せとこうと思ってな」
「え、いいの兄ちゃん!?」「やった!」
「へへっ、つーわけで善は急げだ。さっそく行ってくる」
「……わかりました。ですが、あまり無理しないでくださいね」
「明日ぜったい来てよ? 阿岸君いないと色々つまんないしさ」
「へいへい。じゃあまたな、楓也、アーリアさん!」
◇
佳果の厚意で郊外までやってきたヴェリスとシムル。再び彼の奥義を目の当たりにした二人はその後、小一時間ほどのハードな訓練を終え、くたくたで宿屋まで戻ったところだ。佳果は先ほどログアウトしたため、現在二人だけである。
ヴェリスがチェックインを行って部屋まで進むと、はっとシムルが驚く。
「……なんで同じ部屋!?」
「? なんでって、なんで?」
「いやお前、ちょっとは気にしろよ……」
首をかしげているヴェリスにため息をついて、シムルは二つあるベッドのうち片方に腰かけた。この事態に思うところがないわけではないが、本人が気にしていないことに加えて、有事の際すぐ彼女を守れるという点においてはこれで良いのかもしれない。
「とりあえず、今日は適当に風呂でも入って寝るかぁ」
「さんせい」
「にしても兄ちゃんたち、二三日も来れないのか……アーリア姉ちゃんはいつも通り明日来てくれるって言ってたけど、ちょっと肩身がせまいよな」
「それまたなんで?」
「……お前も姉ちゃんも、人目を引くくらい美人じゃんか。そこにおれみたいなガキが一人だけいるの、なんか場違いっていうかさ」
「??」
「――だぁあ! つまり、おれだけじゃ釣り合いが取れないってこと!」
「釣り合い……バランスって意味?」
「そう」
「んー、シムルは時々よくわかんない。バランスなら取れてると思うけど」
「どのへんがだよ」
「だって、シムルはかっこいいじゃん」
「へっ……」
「……そう佳果も言ってたでしょ? だから気にしない気にしない。じゃ、わたし先にお風呂入るから」
それだけ言って、すたたっと脱衣所へ消えて行くヴェリス。
(な、なんだそういう意味か。たしかにヴァルムのあたりで、兄ちゃんがそんなふうに言ってくれたことがあったよな。おれ……もう少し自信を持ってもいいんだろうか)
悩めるシムルをよそに、ヴェリスはあたたかいシャワーを浴びて目をつぶる。お湯の熱を感じながら、今日教わった超感覚の制御方法、そして城で佳果が見せていた表情とその原因を思い出す。
実は先刻、二度目の訓練で再び無に到達した彼女はフルーカの言っていた鑑定とやらをこっそり試してみたのだが――直感をたよりに佳果の暗い部分へ光を当てたところ、そこには痛烈なまでの怒りと悲しみがあったのだ。そして同時に視えたのは、彼にとって大切であろう人たちが、苦しそうな顔で倒れている姿だった。
(佳果…………向こうの家族、みんな死んじゃったの?)
お茶漬けすき。
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