第41話 正念場
コテージが見えてくると、おもむろにシムルが立ち止まった。
「悪い。中に入るの、おれ一人じゃダメかな」
「あん? ダメってこともねぇが、なんでだよ?」
「ここまで来れたのはヴェリスやみんなのおかげだ。でも、最後にかたをつけるのはやっぱり……おれ自身じゃないと意味がない気がするんだ。だから、頼むよ」
「……わかりました。ですが、念のため窓から様子を見させていただきますわ」
「やばそうな時はすぐに行くから、安心してがんばってきて」
「終わったらごはん食べよ。あの父ちゃん? って人も一緒に!」
「ああ、ありがとう!」
真剣な面持ちでコテージに入ってゆくシムルを見届けた一同は、こっそりと外壁に張りつき、窓をのぞいた。中には、鎧を着た男が二人いる。片方は大きなデスクに頬杖をついてあくびをしており、もう片方は部屋の扉の前で、警備をしている様子だ。そこへ、シムルのノック音が響きわたる。
「何者だ!」
「シムルです。前に、出稼ぎの許可をもらった者ですが……ただいま帰還しました」
「シムル? 誰だったか」
「隊長、いかがいたしましょう。声からしてこどものようですが」
「まあいいだろう。通せ」
シムルが入室する。警備の者は彼の首筋に槍を当てて、隊長と呼ばれた男の前まで誘導した。
「あいつ! 物騒なことしやがって……!」
「あの人たち、本当に国から派遣されたのかな。やってることが横暴すぎるよ」
「……みなさん、場合によっては強行突破で制圧するかたちになるかもしれません。いつでも動けるよう、心の準備はしておいてください」
アーリアの言葉に、三人は神妙な顔をしてうなずく。そうして再び室内の様子をうかがうと、男は立ち上がってシムルをじろじろと確認し始めた。
「お前は……思い出したぞ。あの時に泣きついてきたガキか」
「その節は温情をいただきまして、ありがとうございました」
「……けっ。それで、何の用だ」
「未納分の税金をもってきました。確認をお願いします」
「なに?」
シムルが差し出した袋を、ひったくるように受け取る男。彼はデスクに金貨を並べて少し驚いたような表情をしていたが、それは徐々に下卑た笑みへと変わってゆく。
「なるほど、本物のようだな」
「! では、約束どおり村のみんなを解放して……!」
「ぷっ……くくく……」
「え?」
「だぁっはっはっは!!」
突如として爆笑する男に、シムルだけでなく佳果たちも唖然としてしまう。
「あの、解放の件は……」
「シムルだったか。お前、本当にこれっぽっちで足りると思っていたのか? どこまでも間抜けなやつめ」
「は……なにを、言って」
「まあ確かに? 一個人としちゃあ大金かもしれないな? だが俺たちが徴収してんのは税だ。わかるか? 国家規模で運用する税なんだよ! これしきで足りるわきゃねーだろうが!!」
男が金貨を払い落とし、じゃりじゃりと無機質な音がけたたましく鳴り響いた。
「そ、そんな……でも、約束して……」
「ん? 隊長、こいつまだ金持ってるみたいですよ」
「ほう……解放だとか人聞きの悪いこと抜かしておいて、保身の分はしっかりキープってか。なかなか強かな小僧だ」
「!! これはダメだ! これはみんなから貰った、大切な……!」
「ふざけんな! ぜんぶ出させろ!」
命令された警備の男が、無理やり袋を引きはがしてくる。膝をつき、がくがくと震えるシムル。それを見下して、愉悦にひたるように隊長は言った。
「お前はなーんにもわかっちゃいねぇ。あの日お前を外に出してやったのだって、別にやっすい土下座に同情したからじゃねーんだぞ?」
「……?」
「あれはな、お前の母ちゃんが誠意を見せたから手放してやったんだ。それをあたかも自分のちからだと勘違いした挙げ句、今さらすずめの涙もってきて正義ヅラとはな――馬鹿なこどもを持つと、親は報われねーもんだ」
「!!」
「いいか、お前は一人じゃなんもできねぇゴミクズなんだよ。ただ鉱山にいるゴミどもよりも、いくらかマシなのは認めてやってもいい。……そうだな。今回もってきた額、次は一週間で用意してみろ」
「――」
「それを続けられたら、今度こそ温情をくれてやるさ。もっとも、いつまで続くかはわからないけどな。っはははは!」
悪意の濁流が、あらゆるものを飲み込み、破壊してゆく。聞き耳を立てていた佳果は、鬼の形相で今にも飛び出そうとしていた。そんな彼を止める気にもなれず、楓也とアーリアは戦闘態勢に入る。しかし意外なことに、三人を制止したのはヴェリスだった。
「みんな、ちょっと待って」
後ろを向くと、いつの間にか鎧を着た集団がすぐそばの岩陰で待機している。連中の仲間かと思って肝を冷やしたが、ヴェリスは凛とした表情で「大丈夫だよ」と言った。刹那、コテージ内の時間が止まり、男二人とシムルがぴくりとも動かなくなる。
「合図だ。総員、配置につけ!!」
何事かと思っているうちに集団はコテージを包囲し、精鋭と思われる者たちが数人、入り口から内部へと突入していった。そして彼らを指揮している女性がこちらへと近寄ってくる。
「こりゃあ、一体……」
「失礼、我々はアスター王国軍の特殊部隊。偽の部隊がここに駐留しているという情報提供があり、参上した次第です」
「お、王国軍!?」
「あなた方のことも存じ上げておりますよ。我々は味方です。ここはどうか、お任せいただけないでしょうか」
佳果たちが混乱している一方、シムルは自分の固まった身体を天井から見下ろしていた。先ほどまで対峙していた隊長らも、微動だにせず佇んでいる。
「な、なにが起きたんだ?」
「私が建物内の時間を止めたんですよ。そして、今のあなたは意識体です」
真横に、怪しい黒ずくめの男が浮かんでいる。
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